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  3. 人の起源——神話と科学が、それぞれ語ること

人の起源——神話と科学が、それぞれ語ること

2026 10/18
国史
2026年8月13日2026年10月18日
洞窟の火と、壁に残された手形と動物の絵

前回は、伊耶那岐神(いざなきのかみ)と伊耶那美神(いざなみのかみ)が島々を生んだ話を見ました。列島は、一つの国として語り始められます。では、その島に立つ人は、いつ、どこから来たのでしょうか。

人類がどのように誕生したのか、実はまだ十分には分かっていません。宗教によって考え方は異なり、科学の側にもいくつもの説があります。

目次

神話は、人の始まりをどう語るか

『旧約聖書』の創世記は、神が自らの姿に似せて人を創造した、と記します。『コーラン』でも、人は神が創ったとされます。どちらも、最初の人はただひとりです。

『古事記』は、人の起源については記しません。国生みのあと、神々の営みと天皇の系譜へと進みます。宇宙の始まりを書かないのと同じく、最初のひとりがどこで生まれたかも書きません。

科学が並べる、四つの段階

現代科学の有力な整理のひとつは、人間が猿の仲間から分かれ、手が使えるようになり、脳が大きくなり、猿人→原人→旧人→新人と進んだ、とする見方です。いま生きているのは新人、すなわち現生人類(ホモ・サピエンス)だけだ、と考えられています。

類型出現(およそ)脳の容量例現況
猿人700万年前約400ccアウストラロピテクス絶滅
原人260万年前約1,000cc北京原人・ジャワ原人絶滅
旧人60万年前約1,300ccネアンデルタール人絶滅
新人20万年前約1,500cc現生人類現存

猿人は、確認されるなかで最も古い人類の段階です。アフリカ東部・南部のアウストラロピテクスは、直立二足歩行をし、簡単な打製石器を使っていたとされます。いま確認される最古の人類の化石のひとつは、アフリカのチャドで出土したサヘラントロプスです。

原人では、脳が大きくなり、打製石器を改良し、火や言葉を使っていたと考えられます。インドネシアのジャワ原人、中国大陸の北京原人がその例です。

旧人の代表がネアンデルタール人です。ヨーロッパから中央アジアにかけて見つかり、脳の容量は現生人類に近く、毛皮をまとい、死者を埋め、花を添えた跡もあるとされます。

新人は現生人類です。およそ20万年前にアフリカに現れ、6万年前ごろから世界へ広がった、とするのがアフリカ単一起源説です。ヨーロッパや北アフリカのクロマニョン人は、洞窟の壁画を残しました。

氷の時代に、列島へ

地球は温暖と寒冷を繰り返してきました。近いころでは、およそ6万年前から寒冷が強まり、海面はいまより約120メートル低かった時期があります。そのとき日本列島は、大陸と地続きになることがありました。

大陸からナウマンゾウやマンモス、大角鹿などの大型動物が渡ってきました。人びとも、その動物を追ってこの土地に入った、と考えられます。長野県の野尻湖では、湖底と湖のほとりから三十を超える遺跡が見つかり、3万3000年以上前の地層に、ナウマンゾウやオオツノジカの骨と、多数の打製石器が出ています。湖の周辺で大型動物を狩り、解体して食べていた跡です。

いまの日本人は、ここからつながる

沖縄から北海道までの縄文遺跡からは、いまの日本人とほぼ同じ特徴の人骨が出ています。このため、縄文時代までに、列島の基層となる人びと——いわゆる原日本人——が形成された、と考えられています。

およそ1万年前、最後の氷期が終わり、海面が上がって日本は大陸から隔てられ、列島になりました。それ以降は、大陸や南方から木の舟に乗って渡ってきた人たちもいました。

いまの日本人の骨格の特徴は、すでにこの段階で揃っていた、ということです。そのあと舟で渡ってきた人たちもいますが、列島の人のかたちは、縄文の遺跡にすでに見えています。

それでも、起源は一つに定まらない

現代科学でも、進化論には異論があります。猿人と原人のあいだには、脳の容量をはじめ大きな差があるのに、原人がかなり早い段階で現れている、といった指摘です。猿人が進化して原人になった、とは認められない、とする有力な反論もあります。

分子生物学者の村上和雄は、人類の存在は進化論だけでは十分に説明できない、と述べました。最初の人がいたとしても、その遺伝子を書いたのは人ではない。存在を書いたのは、「何か偉大なるもの」だ、という主張です。

人の起源については、まだ分からないことが残っています。生物の進化そのものは、いまの自然科学の通説です。一方で、「人間だけは別だ」とする見方は、いまも残っています。アメリカでは、神がいまの姿のまま人を創ったと考える人が一定数います。ヨーロッパでは進化を認める人が多く、イスラム圏では国によって分かれ、人間の進化だけを認めない人もいます。分かっているのは、いま生きている人類は新人ただ一種であること、この列島にも氷の時代に人が立っていたこと、そしていまの日本人とほぼ同じ特徴の人骨が、すでに縄文の遺跡から出ていることです。

次は、この列島で人が残した、最も古い道具の話になります。

次回:日本の磨製石器は世界最古級 →

← 前回:日本列島の誕生

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はじめまして、こんにちは!当ブログ管理人のぽっちゃんです。

このブログでは、日本の神話である「古事記」の魅力や、神社文化をより深く楽しむための「神社検定」に関する情報を、分かりやすく楽しく発信していきます。

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