前回の年表では、世界の王朝が生まれては滅びるなかで、日本だけが古代からいままで途切れずに続いてきたことを見ました。では、その日本というまとまりは、そもそもどのように語り始められるのでしょうか。
土器も、人の足跡も、まだ出てきません。国史の最初に置かれるのは、列島そのものが、一つの国として生まれたという話です。
記紀——日本最古の語り
いまからおよそ千三百年前、奈良時代。第四十代・天武天皇の命により、二つの書物が編まれました。『古事記』と『日本書紀』です。二つをあわせて記紀(きき)と呼びます。
『古事記』は、日本の神話などの伝承と、歴代天皇の事績を伝えるために編まれたとされます。『日本書紀』は、日本の歴史を正史として記すために編まれたとされます。今に残る書物のなかで『古事記』は日本最古です。その冒頭に、日本列島誕生の神話と、国のはじまりの物語が書かれています。
『古事記』の国生み
『古事記』は、宇宙がどうやって無から生まれたかを語りません。すでに高天原(たかまのはら=天)と豊葦原(とよあしはら=地)が成ったところから、神々が成っていきます。
最初に成ったのが天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)。続いて高御産巣日神(たかみむすひのかみ)と神産巣日神(かむむすひのかみ)。この三柱は、ひとり神(独神)で、姿を隠しました(隠身)。大地はまだ若く、水に浮かぶ脂のようで、海月のように漂っていた、と記されます。そこから葦の芽のように伸びるものがあり、宇摩志阿斯訶備比古遅神(うましあしかびひこぢのかみ)と天之常立神(あめのとこたちのかみ)が成ります。この二柱も独神で、姿を隠しました。
そのあと、国之常立神(くにのとこたちのかみ)と豊雲野神(とよくもののかみ)が成り、さらに対になる神々が続いて、七代目に伊耶那岐神(いざなきのかみ)と伊耶那美神(いざなみのかみ)が成ります。ここまでを神世七代(かみよななよ)といいます。
二柱は天の浮橋に立ち、天之沼矛(あめのぬぼこ)を海に差し下ろしてかき回します。矛の先からしたたり落ちた潮が固まって島になりました。これが淤能碁呂島(おのごろしま)です。二柱はこの島に降り立ち、島々を生んでいきます。
先に生まれた八つの島——大八島国
最初に淡路島が生まれ、次いで四国、隠岐、九州、壱岐、対馬、佐渡、そして本州が生まれます。この八つをあわせて大八島国(おおやしまのくに)といいます。我が国のこの島々は、最初から一つの国として名指されています。
- 淡道之穂之狭別島(あはぢのほのさわけのしま)——淡路
- 伊予之二名島(いよのふたなのしま)——四国
- 隠伎之三子島(おきのみつごのしま)——隠岐
- 筑紫島(つくしのしま)——九州
- 伊伎島(いきのしま)——壱岐
- 津島(つしま)——対馬
- 佐度島(さどのしま)——佐渡
- 大倭豊秋津島(おほやまととよあきづしま)——本州
そのあと、吉備児島、小豆島など六つの小さい島が生まれ、国生みは終わります。畿内を中心に島が連なり、一つの国のかたちになる——それが『古事記』の語りです。
同じ「神」でも、創り方が違う
宇宙と世界がどのようにできたかを語る聖典は、ほかにもあります。
ユダヤ教・キリスト教の『旧約聖書』創世記は、神が五日半で宇宙と世界を創ったと伝えます。イスラム教の『コーラン』は、アッラー(アラビア語で「神」)がすべてを創造したと伝えます。仏教は、宇宙には始まりも終わりもなく、生と滅を繰り返すという無始無終(むしむしゅう)を説きます。
現代の自然科学では、地球はおよそ四十六億年前、ガスや塵が集まり固まってできたと考えられています。
『古事記』を読むと、編まれた時代の日本人の信仰と価値観が見えます。『旧約聖書』と比べると、その違いがいっそうはっきりします。『旧約聖書』では、神が宇宙を創るところから物語が始まります。『古事記』では、宇宙の起源を記しません。同じ「神」でも、宇宙を創った神と、すでに成った宇宙のなかで成った神では、趣がまったく違います。
国生みは、何を伝えているか
国生み神話は、列島の地質を説明するための話ではありません。伝えているのは、こちらのほうです。
- 島々はばらばらに転がっていたのではなく、はじめから一つの国(大八島国)として生まれた
- その中心は、のちの畿内につながる土地の連なりである
- 土地そのものが、神の営みとして語られる
前回の年表で見た「途切れぬ日本」は、神話の層でも同じ向きを向いています。王朝が入れ替わる他国の創世が、しばしば「神が世界を一から創る」話であるのに対し、日本は、すでに成った世界のなかで、島が一つの国として生まれ、その国がいままで続いている——そう語り始めます。
次は、この列島に人が立つところ——人の起源です。
