前回、日本の局部磨製石斧がおよそ三万年前までさかのぼり、世界の通例(約一万年前)より突出して古いことを見ました。では、オーストラリアから「もっと古い」と報じられた石器は、どう考えればよいのでしょうか。
砂の層に沈んだ年代
平成二十九年(二〇一七)、オーストラリアのマジェドベベ遺跡から、約六万五千年前の磨製石器が出た、との報告がありました。その年代は、石器そのものではなく、石器が見つかった砂層を測ったものです。
学界では、この年代に疑問が出ています。砂層は安定した地層ではありません。シロアリの穴掘りや豪雨で、石器が下の層へ沈み込めば、実際より古いものとして特定されてしまいます。
日本は、安定した遺跡から出ている
日本の初期の磨製石器は、偽石器が混じる心配のない、安定した遺跡から出ています。年代の例は次のとおりです。
- 貫ノ木遺跡(長野県)、石の本遺跡(熊本県)——約三万八千年前
- 上萩森遺跡(岩手県)、八風山Ⅱ遺跡(長野県)、瀬田池ノ原遺跡(熊本県)——約三万七千年前
三万六千年前まで下げると、出土例はさらに増えます。後期旧石器時代の三万五千年前以前に限っても、磨製石器の出た遺跡は八十一か所。北海道から九州、種子島(鹿児島県)まで広がっています。
オーストラリアでは、マジェドベベから石器文化が連続して発展し、各地へ広がった形跡が見当たりません。日本は列をなし、島々まで届いています。
世界の開始年代と比べる
世界で一般的に磨製石器が使われ始めるのは、およそ一万年前です。比較的古い地域でも、日本より遅れます。
| 地域 | 磨製石器の開始(およそ) |
|---|---|
| 日本列島 | 三万八千〜三万年前 |
| オーストラリア(マジェドベベ) | 六万五千年前(砂層年代。疑問あり) |
| オーストラリア中部 | 二万六千年前 |
| シベリア | 二万二千年前 |
| 中国 | 一万五千年前 |
| 朝鮮半島 | 七千年前 |
| 世界の通例 | 一万年前 |
東アジアだけ見ても、中国より約一万三千年、朝鮮半島より約二万一千年、日本が先行しています。世界では磨製石器と土器、農耕や牧畜の始まりが重なることが多いのに、日本では磨製石器だけが著しく先に出ています。
のちの弥生時代には、稲作は中国が先行し、列島の人びとはその最先端を学びます。先土器の石器に限れば、日本列島のほうが周辺より進んでいた、ということです。
海を渡り、黒曜石を運ぶ
遠隔地との行き来も盛んでした。伊豆諸島の神津島で採れる黒曜石が、南関東、山梨、長野で見つかります。九州の黒曜石は、沖縄や朝鮮半島でも出ています。島と島を往復して物を運んだ例は、同じ時期の世界ではほかに確認されていません。先土器時代の人は、最先端の航海術を身につけていた、といえます。
平成二十八年(二〇一六)には、沖縄県南城市のサキタリ洞から、約二万三千年前の釣針が出ました。それまで最古とされたパプアニューギニアの約一万八千年前を上回ります。
国際的に信頼できる方法で年代が特定された磨製石器としては、日本から出土したものが世界最古です。砂の層に沈んだ可能性のある一点より、安定した遺跡に列をなす八十一か所のほうが、技術の広がりを語ります。
