鏡と御幣のさらに脇で、緑の葉を頭に載せた一対の飾りが立っていることがあります。枝から、青、赤、黄、白、黒の布が、静かに垂れる。風が通ると、五本の色が同時に揺れます。祭りのとき、神前の格式は、この飾りが置かれた瞬間に一段上がるように見えます。
この一対を、真榊(まさかき)と呼びます。神をたたえ、神のおられる場のまわりを、重々しく、そして美しく整えるための道具です。宮中や神社の儀式で用いる、そうした厳かな装飾を、威儀具(いぎぐ)と言います。向かって左の真榊には剣(つるぎ)が、向かって右には鏡(かがみ)と勾玉(まがたま)が、常緑の葉のあいだに掛けられています。三種の神器を、左右に分けて表したものです。
頭部の緑は、榊(さかき)です。特定の樹木を指すこともありますが、本来は、冬でも葉を茂らせる常緑樹の総称でした。名の由来には、二つの美しい説が残っています。一つは、神と人の世界の境を示す木だから、境の木(さかいのき)だ、という説です。もう一つは、枯れることなく青々と続く木だから、栄の木(さかえのき)だ、という説です。どちらも、境に立ち、枯れない、という仕事を言葉にしています。
根ごと掘られた、一本の大榊
真榊の直接の記憶は、ふたたび天石屋戸(あめのいわやと)にあります。
天照大御神(あまてらすおおみかみ)が戸を閉じ、世界が闇になったとき、祭りの飾り付けを引き受けたのが、供え物と祭儀を司る布刀玉命(ふとだまのみこと)でした。この神は、天の香具山(あめのかぐやま)から、枝葉のたっぷり茂った五百箇真賢木(いおつまさかき)を、根ごと掘り起こして持ってきます。非常に立派な、一本の大榊です。
飾り方は、枝の高さで決まっていました。一番上の枝には、八坂瓊之五百箇御統(やさかにのいおつのみすまる)、美しい勾玉を連ねた糸を掛けます。真ん中の枝には八咫鏡(やたのかがみ)を掛け、一番下の枝には和幣(にぎて)、麻や楮(こうぞ)の繊維から作った白や青の布を、ふんだんに垂らしたのです。
鏡と玉と布で装ったその大榊を、布刀玉命は両手で厳かに捧げ持ち、岩戸の前で深く祈りました。今、拝殿の脇に立つ一対の真榊は、あの両手の高さから降りてきた飾りです。
五つの色が、五つの方位を抱く
枝から下がる五色の布を、五色布(ごしきぬ)と呼びます。青、赤、黄、白、そして黒。黒は紫で表されることもあります。この五色には、古代中国に生まれ、日本の宮中へ伝わった陰陽五行説(いんようごぎょうせつ)が、ほとんど余さず入っています。
宇宙のすべては、木・火・土・金・水の五つの元素と、陰と陽の組み合わせで成り立つ、という見方です。色は、元素と方位と、その方位を守る霊獣へ、一対一で結ばれます。
青、あるいは緑は木に当たり、東を青竜(せいりゅう)が守ります。新緑と植物と、春の訪れです。赤は火に当たり、南を朱雀(すざく)が守ります。燃え盛る火と、情熱と、夏の太陽です。黄は土に当たり、中央には黄竜、あるいは麒麟がいます。すべてを育む大地です。白は金に当たり、西を白虎(びゃっこ)が守ります。鉱物と、実りの秋と、清浄です。黒、あるいは紫は水に当たり、北を玄武(げんぶ)が守ります。清らかな水と、深く静かな冬です。
五色が神前に並ぶとき、この場は、すべての元素と、すべての神聖な方位から守られ、調和した空間だ、と目に告げています。最初にこの考えを年中行事へ取り込んだのは、天皇の暮らす宮中でした。それがやがて、神社の祭りと、神具の調度へ広がっていきます。
葉は、舞う人の手にも渡る
真榊のほかでも、榊は祭りのあいだ働き続けます。神楽で、巫女や神職が神前に舞うとき、美しい榊を手にすることがあります。神を呼び、もてなすために舞い手が持つ小道具を、採物(とりもの)と呼びます。榊のほか、鈴や扇、弓矢も、採物になります。祭りのときには、社殿の軒先や、周囲の玉垣、鳥居そのものへ、榊が直接取り付けられ、不浄を防ぐ役割を担います。
神宮や、規模の大きな神社の祭典では、真榊のさらに奥に、東西南北を守る霊獣の姿を大きく描いた四神旗(しじんき)が立ちます。青竜、朱雀、白虎、玄武が、その旗の絵です。一部の神社では、さらに厳かな空気を足すため、鉾(ほこ)や旗を神前に飾ることもあります。
近所の神社で一対の真榊を見つけたら、左の剣と、右の鏡と勾玉を、先に確認してみてください。布の順は、東から北までの地図です。願いを板に書いて掛ける絵馬と、神の心を紙で伺うおみくじは、その飾りの外側で、人の列を作っています。


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