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神社検定
鳥居の前へ戻って、もう一度頭を下げる。連載が終わる日の最後の一礼
境内、作法、八幡や稲荷、祭、神棚、伊勢、宮中三殿と神器、式内社から神社本庁までを歩いた連載が閉じる。神社検定の初級は五十問三十五分。古事記は712年に成った。くぐったあとに振り返り、もう一度頭を下げるところが、本当の終わりである。 -
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神社検定は初級の五十問から始まる。三十五分の三択、四つの級がある
神社検定は神社本庁が監修し、日本文化興隆財団が実施する。級は初級、参級、弐級、壱級。初級は五十問の三択で三十五分、オンラインもできる。範囲は古事記、作法、鳥居や鰹木、氏神、祭、伊勢の基礎である。申込は前年12月から5月までを目安に確認する。 -
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国家の宗祀と呼ばれた神社から、八万の社を包む神社本庁が発足するまで
御成敗式目は神を敬う一文から始まる。明治元年に神祇官が復興し神仏判然令が出て、神社は国家の宗祀とされた。官幣と国幣は大中小、その外に府県郷村と無格社。伊勢は社格の外。昭和21年、約八万社の神社本庁が発足した。招魂社から靖国へ。 -
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延喜式神名帳に二千八百六十一の社。官幣と国幣、一宮と二十二社の格
延喜式神名帳に載る式内社は二千八百六十一社。官幣は神祇官、国幣は国司が幣を出し、大社と小社に分かれた。一宮の下に二宮と三宮、総社は諸神を一か所へ勧請する。二十二社は十六から増え、上七社に伊勢や春日、松尾が並ぶ。松尾は正一位。 -
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遠い大社の例祭の日、勅使が幣を運ぶ。常饌料と幣饌料に支えられた社
勅祭社には天皇の使いである勅使が例祭に立ち、幣帛を奉る。伊勢の内宮外宮、春日、熱田、明治、靖国、石清水、香取、鹿島が名を連ねる。常饌料は毎年の米と金、幣饌料は勅祭の当日の供えである。新嘗と神嘗、祈年祭がその線上にある。東北から九州へ広がる。 -
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11月23日の朝、天皇は新穀を供える。大祭と小祭が刻む宮中の年
皇室の祭祀は恒例と臨時、大祭と小祭に分かれる。掌典長と次長が各一名、掌典五名、内掌典五名。歳旦から祈年、神嘗、新嘗、旬祭、毎朝御代拝まで一年を刻む。祭祀令は明治41年に制せられ、昭和22年5月2日に廃された。昭和30年に大要が戻る。 -
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中央の賢所、左の皇霊殿、右の神殿。静かな宮中三殿という祈りの配置
宮中三殿は中央の賢所に天照大御神、向かって左の皇霊殿に歴代の御霊、右の神殿に天神地祇を祀る。新嘗は御斎場と神嘉殿、墓所は山陵。御鏡は温明殿を経て、明治2年の奉告からいまの三殿の配置へつながった。源氏物語の温明殿から続く。 -
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即位の朝、松の間で受け継がれる鏡・玉・剣。伊勢と熱田と宮中の神器
三種の神器は八咫鏡、八尺瓊勾玉、天叢雲剣である。鏡と玉は天岩戸の祭に、剣は八岐大蛇の体内から現れた。本体の鏡は伊勢へ、剣は熱田へ移り、写しと勾玉は宮中に残る。令和元年5月1日、松の間で剣璽が承け継がれた。勾玉は剣璽とともに証である。 -
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12月の神棚、中央に届く神宮大麻。おおぬさの名で氏神が家へ渡す札
神棚の中央に納める神宮大麻は、おおぬさに由来する祓いの札である。明治以前は御師が配り、世帯の約九割が祀った。1月8日に奉製を始め、9月17日から頒布し、翌年3月1日に閉じる。神楽殿で受ける札とは、意味が異なる。氏神と対で納める。 -
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一生に一度は伊勢の宮へ。御師が札を運び、おかげ参りが街道を埋めた
街道の笑い話の先に、伊勢への一生に一度があった。私幣禁断ののち御師が札を配り、伊勢講の代表が歩き、おかげ参りは数か月で約四百万人を動かした。六十の周期で波は戻り、近所の神明神社にその信仰が残る。西行も幕府の役人も詣でた。 -
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神路山と高倉山から、木曽の御杣山へ。遷宮の御用材と六百の御装束神宝
遷宮の檜を伐り出す御杣山は、神路山と高倉山から、江戸時代中期の木曽へと移った。約一万本の用材のうち巨木もあり、棟持柱は宇治橋の鳥居に生まれ変わる。儀式帳にのっとる約六百の神宝は、神宮徴古館でその一部を拝むことができる。古い木は次の門になる。 -
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東西の敷地を20年ごとに造り替える。持統天皇の代から続く式年遷宮
神宮は20年ごとに、東西の敷地へ社殿を造り替え、神を新しい殿へ遷す。天武天皇のころに始まり、持統天皇4年の第1回から、平成25年の第62回まで続いた。延喜式と常若、職人の技、敷き詰める御白石に、遷宮の理由がある。常若の社がそこに建つ。
