2026年10月– date –
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国史
仁徳天皇——世界最大の陵と「民のかまど」
大阪府堺市にある仁徳天皇陵は、世界最大級の墓です。そこに眠るとされる仁徳天皇は、「聖帝(ひじりのみかど)」としても語り継がれてきました。 世界最大の墓 5世紀になると前方後円墳はさらに大きくなり、造られる場所も大和から河内へ移ります。その頂... -
国史
記紀が伝える日本統一——戦いの少ない国づくり
日本列島はどのようにして一つの国にまとまったのでしょうか。記紀の伝えと、考古学の手がかりを重ねて考えてみます。 婚姻による結びつき 『日本書紀』は、神武天皇のあと第2代綏靖(すいぜい)天皇から第9代開化(かいか)天皇までの間に、列島内のまと... -
国史
謎の4世紀——七支刀と好太王碑
4世紀の日本は「謎の4世紀」と呼ばれます。日本の歴史が大きく動いたはずの時期なのに、文字の記録がほとんどないからです。 記録が途絶えた100年 3世紀から4世紀にかけて、前方後円墳の広がりから、大和国家が列島の大半をまとめていったことは分かります... -
国史
『魏志』倭人伝——卑弥呼と邪馬台国の謎
卑弥呼と邪馬台国。日本の古代史でもっとも有名な謎のひとつは、中国の歴史書にだけ記されています。 三国時代の中国と倭 3世紀、中国では後漢が滅び、魏(ぎ)・呉(ご)・蜀(しょく)の三国が争っていました。この時代の歴史書『三国志』(陳寿著)のう... -
国史
纒向遺跡——三輪山のふもとの最初の都
前方後円墳の始まりの地とされるのが、奈良県桜井市の纒向遺跡です。最初の「都」ともいわれるこの場所を訪ねてみましょう。 三輪山のふもと 纒向遺跡(まきむくいせき)は、神の山として名高い三輪山の北西のふもとに広がります。『日本書紀』は、第10代... -
国史
前方後円墳の出現——古墳時代とヤマト王権
鍵穴のような形をした巨大な墓、前方後円墳。日本列島に突然現れたこの墓は、新しい時代の始まりを告げるものでした。 古墳時代の幕開け 3世紀前半、奈良盆地の纒向遺跡(まきむくいせき)に、長さ90メートル前後の前方後円墳がいくつも造られます。3世紀... -
国史
神武東征——日向から橿原へ、八咫烏の導き
日向(九州南部)を出た神倭伊波礼毘古命(かむやまといわれびこのみこと)は、どのような道のりで大和にたどり着いたのでしょうか。『古事記』の東征の物語を、要点をしぼってたどります。 東への旅立ち 天下をよく治めるには、どこに都を置くべきか。神... -
国史
日向三代と神武天皇——花の姫・岩の姫と建国の詔
天から降りた邇邇芸命(ににぎのみこと)の子孫は、どのようにして初代天皇へとつながっていくのでしょうか。『古事記』『日本書紀』が描く、神の時代から人の時代への橋渡しを見ていきます。 日向三代とは 邇邇芸命は山の神の娘と、その子の火遠理命(ほ... -
国史
中国の歴史書に書かれた倭——漢書地理志と後漢書東夷伝
弥生時代の日本には、まだ文字がありません。それでも当時の様子が少し分かるのは、中国の歴史書に「倭(わ)」のことが書き残されているからです。 秦から漢へ 紀元前221年、秦の始皇帝が中国を初めて統一しました。全国を郡と県に分けて役人に治めさせ、... -
国史
ギリシャ・ローマの文化——民主政、ヘレニズム、ローマ法
日本で稲作が広まっていたころ、地中海ではギリシャとローマが栄えていました。のちのヨーロッパ、そして遠く日本にまで影響を残した二つの文明を見てみましょう。 ポリスと民主政 バルカン半島の南で、紀元前8世紀ごろからポリスと呼ばれる小さな都市国家... -
国史
吉野ヶ里遺跡——三重の堀に守られた弥生のクニ
弥生時代の環濠集落の中で、もっとも大きく、もっとも有名なのが佐賀県の吉野ヶ里遺跡です。どんな場所だったのでしょうか。 守りを固めた三重の堀 吉野ヶ里遺跡は、日本最大級の環濠集落跡です。最大の特徴は、集落をぐるりと三重に囲む堀。いちばん外側... -
国史
弥生文化と弥生人の暮らし——田んぼ、ムラ、そしてクニへ
田んぼが始まると、人々の暮らしはどう変わったのでしょうか。縄文時代との違いに注目しながら見ていきます。 あっという間に東北まで 北部九州で始まった水田稲作は、比較的短い期間で列島に広がりました。紀元前6世紀ごろまでに近畿、紀元前4世紀ごろに...
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