大阪府堺市にある仁徳天皇陵は、世界最大級の墓です。そこに眠るとされる仁徳天皇は、「聖帝(ひじりのみかど)」としても語り継がれてきました。
世界最大の墓
5世紀になると前方後円墳はさらに大きくなり、造られる場所も大和から河内へ移ります。その頂点が仁徳天皇陵(大仙陵古墳)です。2019年には百舌鳥・古市古墳群の一つとして世界遺産に登録されました。
| 項目 | 数値(目安) |
|---|---|
| 墳丘の長さ | 525m |
| 高さ | 35m |
| 盛り土の量 | 10トントラック約27万台分 |
| 円筒埴輪 | 約2万4000本(埴輪全体で3万本近く) |
底辺の一辺が230メートルほどのクフ王のピラミッドと比べると、面積の大きさがよく分かります。古代の工法で造り直すと、のべ680万人以上、約15年8か月、費用は約796億円という試算もあります。
民のかまど
仁徳天皇の時代には、大阪平野で大規模な治水工事や開発が行われ、農業の生産量が大きく伸びたと伝えられます。
『日本書紀』には有名な逸話があります。高い所から国を見渡した天皇は、家々から炊事の煙が上がっていないことに気づき、民が貧しいことを知りました。そこで3年間、税と労役をすべて止めます。その間、宮殿は雨漏りしても直さず、衣服もすり切れるまで着続けたといいます。
3年後、煙が盛んに立ちのぼるのを見た天皇は、民が豊かであることこそ君主の豊かさだ、と語ったと記されています。さらに3年後に税を戻すと、民は自ら進んで宮殿を造り直しました。
聖帝として
この逸話から仁徳天皇は「聖帝」とたたえられ、のちの天皇の手本とされてきました。巨大な陵と、質素な暮らしの物語。二つを並べてみると、古代の人々が理想の君主をどう考えていたかが見えてきます。
ピラミッドは王の命で多くの人が働いて造られたと考えられています。仁徳天皇陵は誰がどのように造ったのか、比べて考えてみるのも一つの楽しみ方です。

