前回は、島根県の出雲大社と大国主神、神無月・神在月の秘密について学びました。今回は、京都の賀茂神社(かもじんじゃ)、上賀茂神社(かみがもじんじゃ)と下鴨神社(しもがもじんじゃ)について、ご祭神から葵祭(賀茂祭)まで、しっかり整理していきます。
「上賀茂と下鴨の違いは?」「葵祭はなぜ賀茂祭とも呼ばれるの?」「八咫烏との関係は?」——京都最古級の神社ですが、神社検定では二社の別名と賀茂建角身命の神話が頻出です。古事記の面白エピソードもプラスして、バッチリ押さえましょう!
1. 賀茂神社とは?——賀茂川を挟んだ一対の古社
京都の賀茂神社(かもじんじゃ)は、賀茂川(かもがわ)を挟んで南北に鎮座する一対の神社です。ともに京都最古級の神社として知られ、皇室から古く崇敬されてきました。
- 上賀茂神社(かみがもじんじゃ)——京都市北区、別名:賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ)
- 下鴨神社(しもがもじんじゃ)——京都市左京区、別名:賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)
上賀茂神社は賀茂川の上流、下鴨神社は下流に位置し、ともに古代の賀茂氏(かもうじ)の氏神として発展しました。賀茂氏は古代から強大な氏族として朝廷に仕え、両神社は皇室の守護神としても崇敬されました。
💡 試験のポイント——二社の別名
- 上賀茂神社=賀茂別雷神社(京都市北区)
- 下鴨神社=賀茂御祖神社(京都市左京区)
- 賀茂川を挟んで南北に鎮座
- 古代賀茂氏の氏神
2. ご祭神——賀茂建角身命と玉依姫命
賀茂神社の主祭神は賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)です。古事記では、この神が八咫烏(やたがらす)——三足のカラス——に変身したとされています。
神武天皇(じんむてんのう)が東征の際、熊野の海で迷ったとき、八咫烏が現れて道を案内したという伝説があります。この八咫烏は、賀茂建角身命の化身とされ、天皇の軍を勝利へ導いた神使として崇敬されました。
また、玉依姫命(たまよりひめのみこと)との結婚伝説も伝えられます。玉依姫命は、賀茂建角身命の妃として、賀茂氏の祖神ともされる女神です。下鴨神社では、玉依姫命を主に祀る側面も強く、上賀茂と下鴨で祀り分けがあるとされています。
💡 八咫烏と神武天皇
- 主祭神:賀茂建角身命
- 古事記では八咫烏に変身した神
- 神武天皇東征の際、道を案内した
- 玉依姫命との結婚伝説
3. 創建の伝説——「私に会いたければ祭りをせよ」
賀茂神社の創建には、美しい伝説が伝えられています。
古代、賀茂川のほとりに住む女性が、神の託宣を受けて「私に会いたければ祭りをせよ」と告げられました。人々が祭りを催すと、神は白馬に乗って現れ、玉依姫命と結婚し、賀茂建角身命として鎮座した——こうした伝承が、賀茂神社創建のきっかけとされています。
この「祭りをせよ」という言葉は、葵祭(あおいまつり)の起源とも結びつけられています。古くから続く祭りが、神と人との出会いの場であったという信仰が、賀茂神社の祭祀文化の根底に流れています。
4. 葵祭(賀茂祭)——京都三大祭りのひとつ
葵祭(あおいまつり)は、毎年5月15日に行われる京都の伝統行事で、賀茂祭(かもまつり)とも呼ばれます。祇園祭・時代祭とともに京都三大祭りのひとつに数えられます。
葵祭は、上賀茂神社と下鴨神社を結ぶ路次行列(ろじこうれつ)が特徴で、平安時代の風俗を今に伝える「生きた王朝絵巻」とも称されます。行列には天皇の勅使(ちょくし)が参列し、古式ゆかしい装束で練り歩きます。
祭りの名前「葵」は、行列の人々が葵(あおい)の葉を頭に飾ることに由来します。賀茂神社の氏神を祀る祭りとして、古くから朝廷の公事として行われ、現在も皇室の使者が参向する格式高い祭事です。
💡 試験のポイント
- 葵祭=賀茂祭、5月15日
- 京都三大祭りのひとつ
- 上賀茂神社と下鴨神社を結ぶ路次行列
- 天皇の勅使が参列する格式高い祭事
- 「私に会いたければ祭りをせよ」が創建伝説
5. 御手洗川と賀茂神社の自然信仰
上賀茂神社と下鴨神社の境内には、それぞれ御手洗川(みたらしがわ)と呼ばれる清流が流れています。神前での禊(みそぎ)や手水の場として使われ、古くから神聖な水として崇敬されてきました。
下鴨神社の境内は糺の森(ただすのもり)と呼ばれる原生林に囲まれ、京都の中心部にありながら古代の森の姿を保つ貴重な場所です。1994年には「古都京都の文化財」の一部としてユネスコ世界遺産に登録されています。
賀茂神社の信仰は、賀茂川の水と森という自然環境と一体となった古代の信仰の形を今に伝えています。
【古事記トピックス】八咫烏と神武天皇の東征
賀茂建角身命と八咫烏の関係を、古事記・日本書紀の神武東征の物語から考えてみましょう。
日本書紀では、神武天皇が東国征伐の途中、熊野の海で長期間迷い、軍が疲弊した場面が描かれます。そのとき、空から八咫烏(やたがらす)が現れ、天皇の軍を導きました。八咫烏は三足のカラスで、神の使いとして道を示す存在とされています。
この八咫烏は、賀茂建角身命の化身とされ、神武天皇を大和へ導き、日本建国の英雄を勝利へと導いた神使として崇敬されました。古事記の世界では、鳥は神と人との媒介者(ちゅうかいしゃ)として描かれることが多く、八咫烜はその典型です。
賀茂神社で賀茂建角身命を祀ることは、神武天皇の東征と日本建国の神話を、京都の地に受け継ぐ祭祀と言えるでしょう。葵祭の路次行列に天皇の勅使が参列する格式も、古事記・日本書紀の建国神話と朝廷の伝統が結びついた現れです。
本日の学び直しまとめ
第39回、賀茂社の全体像を整理しました。
- 上賀茂神社=賀茂別雷神社(京都市北区)
- 下鴨神社=賀茂御祖神社(京都市左京区)
- 主祭神:賀茂建角身命、玉依姫命
- 古事記では八咫烏に変身、神武天皇を導いた
- 創建伝説:「私に会いたければ祭りをせよ」
- 葵祭(賀茂祭):5月15日、京都三大祭り
- 天皇の勅使が参列する路次行列
- 御手洗川・糺の森が境内の特徴
王朝絵巻のような葵祭の行列——その起源は「祭りをせよ」という神の言葉にあります。次に賀茂を訪れるとき、八咫烏が神武天皇を導いた物語を思い出してみてくださいね。
次回は、京都府京都市左京区の貴船神社(きふねじんじゃ)——水の神と和歌の聖地について学びます!

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