年の瀬に、神宮大麻(じんぐうたいま)の袋が台所のテーブルに届きます。紙の札を、どの向きで、棚のどこへ立てるのか。家族の誰かが一度は手を止めます。神棚は、神社の奥にある神を、家の中へ迎えるための席です。その席が一般の家庭に広まったのは、中世以降のことです。平安時代には、神をまつる習慣は限られていて、貴族の邸の内や、特定の場所で行われていました。
中世以降、伊勢神宮への信仰が全国へ広がり、「お伊勢さん」の御神札を自宅に納める習慣が定着します。神棚は、そこから一般の家の標準的な設備になっていきました。江戸時代には、町家にも農家にも武家にも普及し、階層を超えて暮らしの中に入ります。いまも、家の高い場所に小さな社がある風景は、その延長です。
中央に伊勢、左右に氏神
お神札(おふだ)を納めるときの基本は、位置と向きです。伊勢神宮のお札は中央に納め、氏神のお札はその左右に納めます。複数あるときも、伊勢神宮のお札が中央に来るように置きます。氏神や産土神(うぶすなのかみ)のお札は、同じく左右です。中央を預けるのは、天照大御神が日本の総氏神であることによります。氏神はその土地の守り神として、産土神は、その土地で生まれた人を守る神として、総氏神の両脇に控えます。ご先祖のお札を神棚に納める家もあり、種類としては神宮大麻、氏神、産土神、ご先祖の札が並びます。
お札は重ねて納めます。新しいお札を手前、自分の側に置き、古いお札を奥にします。文字は自分のほうへ向けます。神が自分を見ている状態です。札の背をこちらに向けると、迎え方が逆になります。新しい札が手前に来るのは、今年の神を、いちばん近い位置で迎えるためです。
神宮大麻は、伊勢神宮の内宮にまつられる天照大御神をおまつりするお札です。毎年、旧暦の12月と6月に頒布され、全国の神棚に納められます。12月の交換は大祓(おおはらえ)の時期と重なり、一年の穢れ(けがれ)を清める意味もあります。古いお札は、近くの神社のお焚き上げに出します。自宅には置かず、神社で御魂を送ります。お焚き上げの時期は、地域の神社によって異なります。交換は、感謝をあらためて置く機会でもあります。
南を向く理由
神棚は、一般に南向きにまつります。伊勢神宮の正宮が南を向いていることに由来します。内宮の天照大御神は太陽の女神であり、南、つまり太陽の方向を向いておまつりされます。東は日の出る方向、西は日の入る方向、南は太陽の方向です。神棚の南は、その太陽の正面を、家の中に小さく再現しようとする向きです。
部屋の構造上、南に向けられないこともあります。そのときは、神職や神社に相談します。方向は理想として目指し、家庭の実情に合わせて調えることもあります。現代の住宅では南に置けないことが多く、その場合は、最も明るく清潔な場所を選び、誠意をもってまつります。大切なのは、方向の理想と、神を敬う心とを、両方手放さないことです。
目線より高く、水まわりから離して
神棚は、清潔で明るい、高い場所に設けます。目線より上です。トイレや浴室の近くは避けます。神道では、清めと穢れの区別が大切にされてきて、水まわりの隣は、その区別が曖昧になる場所だからです。床の間や、飾り棚の上が、一般的な設置場所です。部屋の様子に合わせて形を選びます。格式ある宮形の神棚から、簡素な板棚まで、家庭の状況に応じて選べます。小さな部屋には板棚、格式を整えたい部屋には宮形。無理のない範囲で、敬う心が続く形を採ります。
神棚そのものがなくても、お札を納める場所を清めて設けることはできます。箱がなくても、席は作れます。古事記において天照大御神は、高天原を治める太陽の女神として描かれます。天の岩戸に隠れたとき、世は闇に包まれました。八百万の神々が策を練り、岩戸が開いた瞬間に光が戻ります。南向き、太陽の方向におまつりする習慣は、この神話の明るさと結びついています。
古事記では、天照大御神の孫である瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が地上に降り、国土を治めたとされています。皇室の祖神を、神棚を通じて家に迎えることは、建国の神話と毎日の暮らしを結ぶ行為でもあります。お札の位置が定まると、棚の上にはもう一つ、境を示すものが要ります。注連縄と紙垂は、その境のしるしです。


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