前回は、勅祭社について学び、第7章を終えました。今回からは第8章「神社にまつわる制度と歴史について知りたい」です。まずは式内社と一宮を整理します。
1. 式内社とは
延喜式(えんぎしき)10に記載された神社、2861社! 律令とは朝廷の政治の仕組みを定めたもので、「律」と「令」から成っています。現在の「律」は……刑法に、「令」は……行政法に相当します。
そして日本独自の神祇制度の中に「日本独自の神々への祈り」が定められていたわけ。その律令を実際に施行して細々の取り決めを……。
平安時代中期に成立した「延喜式」という式がこのこと。千年の以上前の「式」の中に、伊勢の神宮や他の神社の祭祀に関するなんとビックリね! この式の中で朝廷がお祭が記載されているのね。「延喜式神名帳」だよ。
この官社の制度は7世紀後半の天武天皇・持統天皇の御代に整備され、8世紀前半に全国へ広まりました。こうして官社には神祇官祭祀担当の行政機構から2月の祈年祭に幣帛が献じられたのね。
2. 官幣社と国幣社
平安時代となると、これらを重要度に応じて区分されてゆきます。まず、その重要度に応じて大社と小社の区分だのね。それがあとに「神祇官が出向して幣帛を出す」神社と、「国司が幣帛を出す」神社——官幣社と国幣社に分かれてゆきます。
地方の国司から幣帛を国幣社、神祇官から幣帛を官幣社。官幣大社・官幣小社、国幣大社・国幣小社。この神名式の神社の一覧が記されたものが。年幣を受ける神社は「官幣大社」と呼ばれました。
やがてこの制度は平安時代の数々とともに変えてゆかれます。名神大社と呼ばれた神社は延喜式神名帳ではその名も記されています。
3. 一宮・総社
松尾大社も清和天皇の貞観元年(859)に正一位を叙せられたんだよ。朝廷から神位を授け、遷都や国家の慶事を鎮め、天変地異の祈願などに際して神々に唱えられたんだ。
そういえば、正一位や従一位という「神位を表す序列」が記されている神社がありますよね。
中央で二十二社が成立した頃、地方では一宮や総社と呼ばれる国司長としての派遣された。このことは国司と関係した「まつりごと」——地方政治運営上のお供えや参拝が欠かせなかったんだよ。もうすく○○神社です。
やがてこれらの神社が序列化されると、国内で第一の地位を占める神社を一宮、その他を二宮・三宮などとしたのね。
これを一般に一宮と呼び、社格制度になっていった一環なのです。こういう神社を総社と、国司が国内の大社から巡拝するのが一宮や二宮以下の神様を勧請して一括してあげたんだよ。
4. 二十二社
平安時代になると律令体制も「官社」の制——そうして平安中期など天変地異や国家の大事のこの祈願から篤い崇敬を受けてきたのよね。中世半ばまで朝廷から篤い崇敬を受けた。
最初は平安京の近くを中心に16社だったのだけど、最終的には22社と呼ばれたので「二十二社」と呼ばれたの。
上七社:伊勢の神宮・石清水八幡宮・賀茂別雷神社・賀茂御祖神社・松尾大社・平野神社・伏見稲荷大社・春日大社、など。中七社・下八社にも住吉大社・日吉大社など名社が並びます。
本日の学び直しまとめ
- 式内社=延喜式神名帳に載る神社(約2861社)
- 官幣社=神祇官が幣帛/国幣社=国司が幣帛
- 一宮=国内第一の神社、二宮・三宮など
- 二十二社=朝廷が篤く崇敬した神社群
- 神位(正一位など)で神社の序列が示された
次回は、明治時代に定められた社格——官幣社・国幣社の再編と戦後まで——で第8章を締めくくります。

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