前回は、式内社・一宮・二十二社について学びました。今回は明治時代に定められた社格と、戦後の神社制度までを整理します。第8章の最終回です。
1. 明治以前の流れ(かんたんに)
ここからは明治時代からの歴史を振り返り、勉強してみましょう。まず鎌倉時代。武家政権の始まり。鎌倉幕府を開いた鶴岡八幡宮を幕府の守護神としました。
「御成敗式目」第一条は「神は人の敬ふに依りて威を増し、人は神の徳に依りて運を添ふ」とあるのよ。この精神は室町幕府、江戸幕府にも継承されました。
しかし戦国時代を経て江戸幕府となると、神社もさまざまな統制のもとに置かれました。
2. 明治維新と神社
さて明治時代。政治の実権が幕府から天皇へ大きく変化したの方もある。明治維新をへて新しい国家体制が始まります。
明治元年には「神祇官・祭祀を司る官庁」が復興、「神仏判然令」——神社と寺院の区別の明確化をはかるもの——も出されました。そのため神職の世襲は一旦廃止され、神職の任用の条件・定員や階級が定められました。
神社は「国家の宗祀」。寺院や教会のような宗教施設とは違い、「神社は国家が尊び祀る公的な施設」と位置づけられました。
3. 明治の社格——官幣社・国幣社
明治時代には社格も大きく二つに分けられたの。神祇官の管轄となる官社は3種類の官幣社と、それ以外の諸社にこんな感じに分けられたのよ。
官幣社は皇室から幣帛がお供えされ、主に皇室の尊崇の篤い神社です。国幣社は国家から幣帛がお供えされ、主に諸国の一宮をはじめ地方で崇敬の篤い神社です。祈年祭・新嘗祭・例祭など。
大社・中社・小社の区分もあり、官幣大社・官幣中社・官幣小社、国幣大社・国幣中社・国幣小社、と整理されました。
ちなみに靖国神社は維新に殉じた英霊をお祀りするために明治2年に創建された東京招魂社が、その前身で明治12年に改称されました。
4. 無格社と伊勢
それ以外の諸社は、府社・県社・郷社・村社で崇敬される神社。それ以外の神社は無格社に分けられ、地方長官の管轄となりました。無格社を除く諸社は府県の共進を受けました。
また、伊勢の神宮は、社格をこえた御存在とされました。
5. 戦後の変化
一方、明治39年から43年にかけて、神社の維持・管理、威厳の護持のために神社の合併が行われました。合祀の状況は地域によってばらつきもありました。
昭和20年、GHQにより出された「神道指令」により「国家の宗祀」としての神社のあり方はなくなり、昭和21年に神社本庁(全国約8万の神社を包括する現在に至る団体)が発足しています。
GHQは、一般の神社の新嘗祭の視察も行っていたといわれる。
本日の学び直しまとめ
- 明治:神社は「国家の宗祀」、神仏判然令
- 社格=官幣社(皇室の幣帛)/国幣社(国家の幣帛)+大中小
- 伊勢の神宮は社格を超えた存在
- 戦後:神道指令で国家の宗祀は終わり、神社本庁が発足
- 第8章「神社にまつわる制度と歴史」はここまで
本編の第1章から第8章は、ここで一区切りです。続きは番外編——神社検定について——で、学びを試験に活かすヒントをお届けします。

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