【神社のいろは第75回】第7章スタート!三種の神器——鏡・玉・剣

写真ACより正規ダウンロードした写真(透かしなし)

前回は、神宮大麻について学び、第6章を終えました。今回からは第7章「皇室のお祭りについて知りたい」です。まずは皇位の象徴——三種の神器を整理します。

目次

1. 三種の神器とは

三種の神器をご存知ですか? 歴代の天皇陛下が皇位とともに継承されるものです。八咫鏡(やたのかがみ)八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)・そして天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)(草薙剣)と称されるの三つです。

三種の神器の由来は、記紀神話などに記されています。

2. 鏡と勾玉——天岩戸の物語(かんたんに)

天照大御神が岩戸に隠れたとき、神々は岩戸の前で祭りを行いました。そのとき用いられたのが勾玉です。

岩戸の外で賑やかに祭っていると、天照大御神が「何事だろう」と少し岩戸を開けます。そのとき、鏡に映った自分の姿(光)を見て、再び外へお出ましになった——という物語です。こうして再び光が戻り、平和な社会がよみがえった、と伝えられます。

3. 剣——須佐之男命と八岐大蛇

次は剣です。出雲で須佐之男命が八岐大蛇を退治したとき、その体内から出てきたのがこの剣です。須佐之男命の子孫たちが大国主神から有名な国譲りへとつながっていきます。

やがて天照大御神は、この鏡を「私だと思って住まいする御殿でお祀りしなさい」と、高天原から遣わす天孫・瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)に三種の神器を渡しました。こうして「鏡・勾玉・剣」が揃いました。

大国主神から譲られた国土を、天照大御神は孫の瓊瓊杵尊に治めさせることにした——そのしるしが三種の神器です。日本書紀にも同じ話がありますね。

4. その後の三種の神器

その後、三代を経て即位されたのが神武天皇です。ついそれまで宮中にお祀りされていた御鏡を、倭の笠縫邑(かさぬいむら)でお祀りすることにされました。時は過ぎ、第10代崇神天皇の御代には崇神天皇の御殿に隣接して祀られます。崇神天皇はひとりで祈られ、「共に住むのははばからん」として、笠縫邑にお祀りされていた御鏡は、皇女・倭姫命により伊勢の神宮でお祀りされるようになったのです。

5. 草薙剣のゆくえ(かんたんに)

剣はどうなったのでしょう。三種の神器の写しを添わせ、この時、御鏡と剣の写しを宮中にお祀りするようお定めされました。

剣は、第12代景行天皇の御代に日本武尊が東国平定の任務を負った際、伊勢の神宮に立ち寄り祈願された際に倭姫命から剣を渡されました。しかし、日本武尊の妻・宮簀媛の家に置いたまま伊吹山へ平定に出た日本武尊は亡くなってしまいます。その後、神剣は宮簀媛によって熱田神宮でお祀りされるようになりました。

一方、神剣の「分身」と勾玉は宮中の天皇のお住まいの近くに安置されてきました。勾玉は剣璽とともに、皇位継承の証とされてきたのよ。令和元年5月1日、皇居・宮殿の正殿「松の間」で剣璽等承継の儀が行われました。

宮中三殿では、賢所の儀、皇霊殿神殿での神武以来の天皇歴代が神祇を継承される儀式です。向かって左側の侍従さんが持つ中央の方が剣・璽、御璽と国璽だよ。

【古事記トピックス】三種の神器

鏡・玉・剣は、皇位のしるしとして今も語り継がれます。詳しい神話は「古事記」や「日本書紀」で読むと、天岩戸・八岐大蛇・天孫降臨が一本の線でつながります。

本日の学び直しまとめ

  • 三種の神器=八咫鏡・八尺瓊勾玉・天叢雲剣(草薙剣)
  • 鏡と勾玉は天岩戸の祭りの道具として登場
  • 剣は須佐之男命が八岐大蛇から得て、天孫へ渡る
  • 御鏡は伊勢へ、剣は熱田へ、分身と勾玉は宮中に
  • 剣璽等承継の儀で皇位継承のしるしが受け継がれる

次回は、宮中三殿——賢所・皇霊殿・神殿——について学びます。


よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

はじめまして、こんにちは!当ブログ管理人のぽっちゃんです。

このブログでは、日本の神話である「古事記」の魅力や、神社文化をより深く楽しむための「神社検定」に関する情報を、分かりやすく楽しく発信していきます。

コメント

コメントする

目次