一年に、千五百を超えるお祭りがある
神宮の祭りの回数は、年間およそ千五百回以上です。正宮から別宮、摂社、末社、所管社まで、宮の数だけお祭りが枝を分けているからです。ほぼ毎日、どこかの宮で何かが動いている、という厚さです。その膨大な恒例祭典のうち、特に重いのが三節祭です。
10月15日から25日までが、神嘗祭(かんなめさい)。6月と12月の、それぞれ15日から25日までが、月次祭(つきなみさい)。この三つのお祭りを合わせて、三節祭と呼びます。さらに2月17日から23日までが祈年祭(きねんさい)、11月23日から29日までが新嘗祭(にいなめさい)です。
神宮の主祭神、天照大御神は皇祖神です。そのお祭りは、本来、天皇みずからが行う、重要な祭りでした。これらの祭では、皇室から天照大御神へ、幣帛が奉られます。そのうち月次祭以外の祭りには、勅使、すなわち陛下のお使いが遣わされます。天皇の手から神宮へ、ことばと布が届く。10月の神嘗祭、6月と12月の月次祭は、15日から25日まで、両宮から末々の社へ下りていきます。2月の祈年祭は17日から23日、11月の新嘗祭は23日から29日。稲の一年の前と後ろを、この日付が押さえています。伊勢の祭は、宮中の祭と、同じ暦の上に乗っています。
夜の十時に、由貴の食事が並ぶ
月次祭と神嘗祭では、「由貴大御饌(ゆきのおおみけ)」を奉り、神様に御食事を差し上げます。夜の十時から行われる、とされます。大御饌とは、神様のお食事のことです。清らかで立派な膳を、夜の闇のなかで供える。由貴大御饌が夜の十時に始まるのは、神の食事を、人の参拝できる時間に合わせないからです。月次祭と神嘗祭で、この膳が奉られます。参拝者が境内を歩ける時刻より、ずっと遅い。
神嘗祭では、その年に収穫された初穂が供えられます。内宮と外宮には、そのために専用に調えられた御饌が捧げられます。祭典の当日、皇居では天皇陛下が神宮を遥拝されます。同じときに、全国の神社で神嘗奉祝祭が行われます。懸税(かけちから)と呼ばれる、全国の農家から奉献された初穂も、そこに懸けられます。一つの新穀が、伊勢の夜と、各地の昼と、農家の田を同時に結びます。
初穂を神に返す行いは、収穫への感謝の核です。古事記の世界でも、食物と神との関係は深く描かれてきました。神嘗と新嘗は、その感謝を、季節の節目で大きく繰り返します。千五百回の祭りは、同じ感謝を、日常のリズムのなかへ細かく分けた営みでもあります。
米も塩も、火も、神宮のなかで調える
神宮が捧げるものは、米をはじめ、塩、酒、野菜、果物、鯛。さらに土器や、神様の衣服となる布など、広い範囲に及びます。その多くを、自給自足でまかなっています。神宮の手のなかで育った米や塩や酒が、夜の膳に上ります。買い揃えた品を並べる前に、神宮は自分の火と自分の土器で、神の食事を調えます。
外宮では、毎日、朝と夕の二度、神職が火鑽り具(ひきりぐ)を使って火を起こします。古式の方法で調理した神饌を神様に捧げるのが、日別朝夕大御饌祭(ひごとあさゆうおおみけさい)です。年に一度の大きな祭りの底で、毎日の食事が途切れずに続いています。これらのお祭りを執り行うのは、大宮司、少宮司をはじめとする神職たちです。大きな祭りの夜と、毎日の朝夕は、別の時計です。由貴大御饌は月次祭と神嘗祭の夜十時に限られ、日別朝夕大御饌祭は外宮で毎朝夕、途切れません。初穂が懸税として並ぶ神嘗の季節も、祈年祭と新嘗祭の日付のあいだも、火鑽り具は朝と夕に火を起こし続けます。千五百回の枝は、この毎日の火を幹にして広がっています。天皇が皇居から遥拝する日も、全国で神嘗奉祝祭が開かれる日も、伊勢の膳は自らの米と塩と酒、野菜と果物と鯛、土器と衣服の布で調えられています。
食事を供える社殿そのものが、20年ごとに隣の敷地へ造り替えられます。次に見るのは、式年遷宮です。


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