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国史
聖徳太子の新政を読み直す——冠位十二階と十七条憲法はなぜ生まれたか
前回は、古墳の時代の暮らしと仏教の伝来を見ました。今回からは飛鳥時代の本番です。主役はおなじみの聖徳太子。でも、私(ぽっちゃん)が改めて調べてみて面白かったのは、「太子が何をしたか」よりも「なぜ、あのタイミングでそれをする必要があったの... -
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大和時代の暮らし——渡来人、須恵器、仏教伝来
古墳が造られた時代、人々の暮らしはどう変わったのでしょうか。海を渡ってきた人々と技術、そして仏教の伝来を見ていきます。 渡来人がもたらしたもの 4世紀から6世紀にかけて、大陸や朝鮮半島から多くの渡来人がやって来ました。特に倭が半島と深く関わ... -
国史
ワカタケル大王——鉄剣銘が語る雄略天皇
5世紀の後半、鉄の剣と刀に刻まれた文字に、一人の大王の名が残されていました。ワカタケル大王、すなわち雄略天皇です。 朝貢をやめた日本 倭王武(雄略天皇)が宋から称号を得たあと、日本は中国への朝貢をやめます。それから1世紀以上、中国の王朝と正... -
国史
倭の五王と宋への朝貢——『宋書』倭国伝
5世紀、倭の王たちは中国の宋にたびたび使いを送りました。「倭の五王」と呼ばれる王たちは、何を求めていたのでしょうか。 南北朝の中国と高句麗 5世紀の中国は、南の宋(南朝)と北の北魏(北朝)が対立する南北朝時代でした。朝鮮半島では高句麗が力を... -
国史
仁徳天皇——世界最大の陵と「民のかまど」
大阪府堺市にある仁徳天皇陵は、世界最大級の墓です。そこに眠るとされる仁徳天皇は、「聖帝(ひじりのみかど)」としても語り継がれてきました。 世界最大の墓 5世紀になると前方後円墳はさらに大きくなり、造られる場所も大和から河内へ移ります。その頂... -
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記紀が伝える日本統一——戦いの少ない国づくり
日本列島はどのようにして一つの国にまとまったのでしょうか。記紀の伝えと、考古学の手がかりを重ねて考えてみます。 婚姻による結びつき 『日本書紀』は、神武天皇のあと第2代綏靖(すいぜい)天皇から第9代開化(かいか)天皇までの間に、列島内のまと... -
国史
謎の4世紀——七支刀と好太王碑
4世紀の日本は「謎の4世紀」と呼ばれます。日本の歴史が大きく動いたはずの時期なのに、文字の記録がほとんどないからです。 記録が途絶えた100年 3世紀から4世紀にかけて、前方後円墳の広がりから、大和国家が列島の大半をまとめていったことは分かります... -
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『魏志』倭人伝——卑弥呼と邪馬台国の謎
卑弥呼と邪馬台国。日本の古代史でもっとも有名な謎のひとつは、中国の歴史書にだけ記されています。 三国時代の中国と倭 3世紀、中国では後漢が滅び、魏(ぎ)・呉(ご)・蜀(しょく)の三国が争っていました。この時代の歴史書『三国志』(陳寿著)のう... -
国史
纒向遺跡——三輪山のふもとの最初の都
前方後円墳の始まりの地とされるのが、奈良県桜井市の纒向遺跡です。最初の「都」ともいわれるこの場所を訪ねてみましょう。 三輪山のふもと 纒向遺跡(まきむくいせき)は、神の山として名高い三輪山の北西のふもとに広がります。『日本書紀』は、第10代... -
国史
前方後円墳の出現——古墳時代とヤマト王権
鍵穴のような形をした巨大な墓、前方後円墳。日本列島に突然現れたこの墓は、新しい時代の始まりを告げるものでした。 古墳時代の幕開け 3世紀前半、奈良盆地の纒向遺跡(まきむくいせき)に、長さ90メートル前後の前方後円墳がいくつも造られます。3世紀... -
国史
神武東征——日向から橿原へ、八咫烏の導き
日向(九州南部)を出た神倭伊波礼毘古命(かむやまといわれびこのみこと)は、どのような道のりで大和にたどり着いたのでしょうか。『古事記』の東征の物語を、要点をしぼってたどります。 東への旅立ち 天下をよく治めるには、どこに都を置くべきか。神... -
国史
日向三代と神武天皇——花の姫・岩の姫と建国の詔
天から降りた邇邇芸命(ににぎのみこと)の子孫は、どのようにして初代天皇へとつながっていくのでしょうか。『古事記』『日本書紀』が描く、神の時代から人の時代への橋渡しを見ていきます。 日向三代とは 邇邇芸命は山の神の娘と、その子の火遠理命(ほ...
