前回の記事では、ご神前に飾られた「真榊(まさかき)」の役割や、そこに隠された壮大な古代宇宙観「陰陽五行説」について勉強しました。
手水で清め、お賽銭を納め、二拝二拍手一拝でお祈りを済ませたあと、境内で多くの参拝者が立ち寄る人気のスポットといえば、「絵馬掛け(えまかけ)」や「おみくじ売り場」ですよね。
「そもそも、どうして板に『馬』の絵が描かれているの?」 「おみくじって、いつから今の形になった?」 「おみくじは境内に結んで帰るべき?持って帰ってもいいの?」
今回は、私たちが親しみを持って触れている「絵馬」と「おみくじ」に隠された、古代からの祈りの歴史を徹底解説します!古事記に登場する日本最古の占いエピソードも交えて、分かりやすくお届けします。
1. 絵馬(えま)のルーツは「生きた本物の馬」だった!
神社に願い事を書いた木札を吊るす「絵馬」。その名前に「馬」という漢字が入っている通り、絵馬のルーツは本物の「馬」にあります。
1-1. 神様の乗り物「神馬(しんめ)」
古代の日本において、馬はただの家畜や移動手段ではなく、「神様が地上へお降りになる際に乗る神聖な乗り物(神馬・しんめ)」として崇められていました。
そのため、朝廷や有力な貴族たちは、国家的な祈雨(雨乞い)や祈晴(雨やみ)、あるいは個人的な大きな願い事がある際、神社に「生きた本物の馬」を奉納して祈りを捧げていました。
1-2. 本物の馬から「木片」や「板絵」への変化
しかし、生きた馬を神社に奉納し、それを神社側が毎日お世話することは、奉納する側にとっても受け取る神社にとっても非常に大きな負担となります。 そこで、時代が下るにつれて奉納の形が徐々に簡略化されていきました。
- 馬の像や木片:粘土で作った馬の像(泥馬)や、馬や牛の絵を描いた素朴な木片を奉納するようになった(奈良時代の遺跡からこれらの木片が出土しており、これが絵馬の直接の原型とされています)。
- 木板に描いた馬の絵:木の板に本物そっくりの美しい馬の絵を描いた「板絵」を奉納するようになった。
これが、私たちがよく知る「絵馬」の誕生の歴史です。
1-3. 鑑賞用の「大きな絵馬」と参拝者の「小さな絵馬」
室町時代以降になると、絵馬の文化はさらに大きく発展し、使い分けられるようになります。
- 絵馬殿(えまでん)に飾る大絵馬:専門の絵師(画家)が、馬だけでなく歴史上の名場面や船などを豪華に描いた大きな絵馬が登場。これらは美術品として「絵馬殿」という専門の建物に掲げられ、多くの人々が鑑賞して楽しみました。
- 絵馬掛けにつるす小絵馬:一方で、一般の参拝者自身が、お祭りの様子やその年の干支(十二支)などを描いて願い事を書き込む小さな絵馬が誕生し、境内の「絵馬掛け」に吊るされるようになりました。これが現代へとダイレクトに繋がっています。
現在では、願い事をするためだけでなく、参拝した神社の美しい絵馬をお土産として自宅に持ち帰り、部屋に飾って魔除けとする楽しみ方も広く親しまれています。
2. 【古事記トピックス】おみくじの究極のルーツ!天岩戸で行われた日本最古の占い「太占(ふとまに)」
ここで、おみくじの「神様の意思を占って伺う」という行為の究極の起源となる、古事記のとても面白いエピソードをご紹介します!
太陽の神様・天照大御神(アマテラスオオミカミ)が天石屋戸(あめのいわやと)に隠れてしまい、世界が闇に包まれたとき、八百万(やおよろず)の神々はアマテラスを引き出すための大作戦を企画しました。
このとき、作法や飾り付けを司る知恵者の神様・布刀玉命(フトダマノミコト)と、お祝いの祝詞(のりと)を唱える神様・天児屋命(アメノコヤネノミコト)の二柱は、作戦が成功するかどうかを神様に問いかけるため、壮大な「占い」を行いました。
古事記には以下のように記されています。
- 天の香具山(あめのかぐやま)にいる「雄鹿の肩の骨」を丸ごと抜き取った。
- そして、同じく香具山に生えている「朱桜(にわうめ=サクラの木)」の炭火でその骨を焼き、骨の表面に現れた「ひび割れの形(模様)」を読み解くことで、神様のお気持ちを占った。
この、鹿の骨を使った古代の国家的な占いのことを、専門用語で「太占(ふとまに)」と呼びます。
「これからやるお祭りで、本当にアマテラス様は出てきてくれるだろうか?」という神々の真剣な問いかけに対し、ひび割れの美しさ(吉凶)を通じて神意を確かめたこの「太占」こそが、のちに神職たちが神意を伺うために用いた「くじ(占い)」の精神的な大元(ルーツ)なのです。
3. 「おみくじ(御神籤)」の歴史と語源のナゾ
現代の私たちはおみくじを「自分の運勢を占う気軽なエンタメ」として楽しんでいますが、元々のおみくじは、国の大事な決定(後継者選びや豊作の予測など)において、神様の公平な意思を伺うための「神聖な政治的道具」でした。
3-1. 古代の占い:亀卜(きぼく)とひねりぶみ
先ほどの古事記の「太占(鹿の骨)」のほかにも、古代の日本では、海亀の甲羅を焼いてひび割れを見る「亀卜(きぼく)」という占いが、宮中の神祇官(じんぎかん)によって公的に長く行われていました。
また、歴史書『日本書紀』には、飛鳥時代の有間皇子(ありまのみこ)が、自分のこれからの運命を占うために、紙に文字を書いて丸めた「ひねりぶみ(縒り書)」をいくつか作り、そこから一枚を引き取って吉凶を占ったという、現代のおみくじの引き方に極めて近いユニークな記録も残されています。
3-2. 「くじ(籤)」という言葉の2つの語源説
私たちが「くじを引く」と言うときの「くじ」の語源には、以下のような諸説があります。
- 「串(くし)」説:古代、占いの際に神前に立てた竹や木の「串(くし)」の形に由来するという説。
- 「公事(くじ)」説:揉め事の裁判や、公の決め事を公平に判断するための「公事(くじ)」という言葉に由来するという説。
3-3. 現代のおみくじの誕生
箱をシャカシャカと振って、出てきた細い木の棒に書かれた番号と同じ引き出しからおみくじの紙を受け取る、お馴染みのスタイル。 この現代に近いおみくじの仕組みは、鎌倉時代に生まれたといわれています。
4. 【一生物のマナー】おみくじは「結ぶべき」?それとも「持ち帰るべき」?
おみくじを引いたあと、境内の木やロープに結んで帰る人が多いですが、正しいマナーはどうなのでしょうか。
結論から言うと、「結んでも、自宅に持ち帰っても、どちらでも全く問題ありません」。
① 境内に結んで帰る場合
- 意味:おみくじを境内の木々や結び処に結ぶことで、「神様とのご縁をしっかりと結ぶ(結び付ける)」、または「凶」などの悪い結果を境内に留めてもらい、「悪い運行を神様に祓い清めてもらう(魔除けにする)」という意味があります。
- ※注意:境内の生木(生きているご神木など)に直接強く結びつけると、木が傷んでしまいますので、必ず神社が指定した「おみくじ掛け(結び処)」に優しく結ぶようにしましょう。
② 自宅に持ち帰る場合
- 意味:おみくじに書かれている言葉は、神様からあなたに向けられた大切なアドバイス(神託)です。
- 自宅に持ち帰り、お財布や手帳の中に大切にしまっておき、日常の中で時折読み返して「心の指針」や「お守り」にするというのは、非常に素晴らしいおみくじの活用方法です。
本日の学び直しまとめ
今回は、神社参拝の楽しみをグッと広げてくれる「絵馬」と「おみくじ」の歴史を勉強しました!
- 絵馬の役割と歴史:
- 元々は神様の乗り物である「生きた本物の馬(神馬)」を奉納していた。
- 簡略化され、奈良時代には馬の描かれた木片、のちに木板の馬絵へと変化した。
- 鑑賞用の「大絵馬(絵馬殿)」と、参拝者用の「小絵馬(絵馬掛け)」に分かれ、現在ではお土産の役割も。
- 【古事記トピックス】天岩戸と太占(ふとまに):フトダマとアメノコヤネが、香具山の雄鹿の肩の骨を桜の炭火で焼いてひび割れを読んだ日本最古の占いが、おみくじの究極の精神的ルーツ。
- おみくじの歴史:
- 古代は亀卜(亀の甲羅の占い)や、日本書紀にみられる有間皇子のひねりぶみなどがあった。
- くじの語源は、神前に立てた「串(くし)」や、公の判断を意味する「公事(くじ)」とされる。
- 現在のおみくじの箱を振る基本スタイルは鎌倉時代に定着した。
- おみくじの取り扱い:吉凶に関わらず、境内に「ご縁結び」や「魔除け」として結んで帰っても、お守りとして自宅に持ち帰ってもどちらでも大吉!
おみくじに書かれた繊細な和歌やメッセージを読み解くとき、それはかつて古代の神々が天岩戸の前で鹿の骨を焼き、真剣に神様の声を聞こうとしたあのワクワクする神話の世界と、一本の細い糸で繋がっているのですね。
次回は、「16:お札やお守り、神様の数え方について教えてください」をお届けします。 「神様の正しい数え方の単位ってなに?」や「お守りとお札の決定的な違い、持ち方のルール」など、日常生活にすぐに役立つ必須知識を完全網羅して解説します。
一緒に神社検定合格を目指して、次回の勉強も楽しんでいきましょう! 最後までお読みいただきありがとうございました。

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