前回の記事では、神社参拝の楽しみである「絵馬」とおみくじの深い歴史、そして古事記における日本最古の骨占い「太占(ふとまに)」について勉強しました。
参拝を終えたあと、境内の「授与所(じゅよしょ)」や「社務所(しゃむしょ)」に立ち寄って、お札やお守りを受ける方は多いですよね。
「お札やお守りって、そもそもどうして作られたの?」 「神様、お守り、お神輿……それぞれの正しい『数え方の単位』は?」 「なぜ、神様のことは『人』ではなく『柱(はしら)』と数えるの?」
今回は、日常生活でも知っておきたいお札とお守りの基本マナーと、神道において極めて重要な「数え方の単位(専門用語)」の秘密に迫ります!古事記の壮大な宇宙創成神話も交えて、わかりやすく解説します。
1. お札とお守りは神様のお力そのもの!呼び名と基本
境内の授与所で受けるお札やお守りは、単なる記念品やグッズではありません。ご神前できちんとお祓い(おはらい)され、神様のお力(ご神徳)がぎゅっと込められた、大変神聖なものです。
1-1. お札のさまざまな呼び名
一般的に「お札(おふだ)」と呼んでいますが、神道における正式な呼び名には以下のようなものがあります。
- お神札(しんさつ)
- 神符(しんぷ)
- 守札(しゅさつ)
これらのお神札には、ご祭神のお名前や神社の名前、あるいは災いを除けるための祈りの言葉などが記されています。
1-2. お札とお守り、どこに飾る・貼る?
お神札は、自宅の「神棚(かみだな)」にお祀りするのが一般的ですが、お札の種類によっては別の場所に貼ることもあります。
- 玄関・門・台所・柱など:泥棒除けや魔除け、あるいは火の用心(火伏せ)のお札などは、家族や建物をお守りいただくために、それぞれの場所に直接貼って大切にされます(※火の用心のお札は、京都の愛宕神社や秋葉神社などが特に有名です)。
そして、この「守札」を、私たちが普段から身につけて持ち歩けるように小さく袋状にした仲間が、お馴染みの「お守り(御守)」なのです。
2. お札・お守りの歴史:「懸守(かけまもり)」から庶民へ
お札やお守りの歴史は非常に古く、平安時代まで遡ることができます。
2-1. 始まりは首にかける「懸守(かけまもり)」
平安時代、貴族たちの間で、お札などを中に入れた丸い錦の袋を首から胸のあたりに吊り下げる「懸守(かけまもり)」というものが流行しました。 旅に出る際などの道中安全や、病気除けの「お守り」として身にまとったのです。
この懸守の文化が、鎌倉時代になると「武士」たちの間へ広がり、さらに江戸時代になると、旅ブームやお伊勢参りの普及とともに「一般の庶民」へ爆発的に広がっていきました。 これによって、現代のような、バラエティ豊かで可愛らしいお守りの形が作られていったのです。
3. なぜ神様は「一柱(ひとはしら)」と数えるの?「柱」のナゾ
神社検定を勉強する上で、絶対に絶対に暗記しておかなければならない超・重要知識が、神道における「数え方の単位(助数詞)」です。
- 神様の数え方の基本は「一柱(ひとはしら)、二柱(ふたはしら)」
なぜ「人(にん)」ではなく、建物の大黒柱などの「柱(はしら)」という単位を使うのでしょうか?ここには、古代の日本人が持っていた自然信仰のロマンが詰まっています。
3-1. 木に宿る神様への信仰(依代)
古代の日本では、神様は目に見えない存在であり、お祭りのときに天から「木(常緑樹)」を伝って地上へ降りてこられる(依りつかれる)と考えられていました。
そのため、そびえ立つ大きな樹木を「ご神木(ごしんぼく)」として神聖視し、その「柱(木)」そのものを神様と同一視して崇めてきた歴史があります。この「神様が宿る神聖な木 = 柱」という思想が、そのまま神様の数え方の単位になったのです。
3-2. 縄文遺跡から現代の奇祭まで受け継がれる「柱信仰」
柱を神様そのもの、あるいは神聖な依代として見立てる信仰は、日本の歴史の奥深くに脈々と息づいています。
- 三内丸山遺跡(さんないまるやまいせき / 青森県): 縄文時代の巨大な特別史跡です。ここからは、大人が何人も抱えなければならないほどの巨大なクリの木の柱が6本、規則正しく立てられた跡が見つかっています。これも古代の祈りや神聖な「柱信仰」の跡ではないかと考えられています。
- 諏訪大社(すわたいしゃ / 長野県)の「御柱祭(おんばしらまつり)」: 日本で最も有名な、柱にまつわるお祭りです。7年に一度、山から巨大なモミの木を切り出し、男たちが命がけで坂を曳き落とし、境内の四隅に「御柱(おんばしら)」として立てて神様をお祀りします。これこそが、古代からの「柱 = 神様」という信仰をダイレクトに今に伝える奇祭なのです。
4. 【古事記トピックス】世界の中心に立つ巨大な柱!イザナギとイザナミの「天の御柱(あめのみはしら)」
ここで、古事記の神話において「柱」がいかに世界の中心であり、神々の誕生にとって決定的な存在であったかを示す、非常に面白い国生みエピソードをご紹介します!
はるか昔、まだ日本という国が生まれる前、世界は油のようにドロドロと漂っていました。 そこで天上の神様から国づくりを命じられたのが、お馴染みの伊邪那岐命(イザナギノミコト)と伊邪那美命(イザナミノミコト)の二柱です。
二柱の神様は、天浮橋(あめのうきはし)から天の沼矛(あめのぬぼこ)を差し下ろしてドロドロをかき混ぜ、矛の先から滴り落ちた塩が積もってできた島(オノゴロ島)に降り立ちました。
この島に降り立った二柱が、まず最初に行ったのが「家(宮殿)を建て、その中心に巨大な『天の御柱(あめのみはしら)』を立てる」ことでした。
そして、世界を創る(国を生む)ための、日本最古の結婚の儀式を以下のように行いました。
- イザナギが「私はこの巨大な天の御柱を、左から回ろう」と言い、イザナミが「私は右から回ります」と言って、お互いに柱の周りをぐるりと回って鉢合わせました。
- 出会った瞬間、イザナミが「まあ、なんて素敵な男の神様でしょう!」と声をかけ、次にイザナギが「まあ、なんて可愛い女の神様だろう」と答え、夫婦となって次々と日本の島々(国)や神様を生み出していきました。
このように、古事記においては、世界を新しく創造する神聖な儀式の中心には、常に天と地を繋ぐ巨大な「天の御柱」が存在していたのです。
私たちがお神札やご神木を拝むとき、それはかつてイザナギとイザナミが世界の中心として見つめ、ぐるぐると回ったあの神話の「天の御柱」への祈りと、一本の光のラインで繋がっているのですね。
5. 【試験必須】絶対おさえる!数え方の4つの違い
神社検定の試験では、神様以外の「神聖なもの」の数え方も頻出です。以下の4つの違いは、必ず頭に叩き込んでおきましょう!
| 数える対象 | 単位(読み方) | 特徴・解説 |
|---|---|---|
| 神様 | 一柱、二柱(ひとはしら、ふたはしら) | ご神木や、古事記の「天の御柱」など、木の依代に由来する。 |
| お守り | 一体、二体(いったい、にたい) | 神様の分霊(分け御魂)が宿る「お身体(からだ)」そのものであるため。 |
| お神輿(おみこし) | 一基、二基(いっき、にき) | 神様がお乗りになって移動する、神聖でどっしりとした「乗り物(神輿・台座)」であるため。 |
| 延喜式神名帳の神様 | 一座、二座(いちざ、にざ) | 平安時代の格式高い神社一覧表(神名帳)などでは、神様が鎮まる「お席・場所(座)」という意味で数えられた。 |
本日の学び直しまとめ
今回は、授与所で受けるお札やお守りの歴史と、神道の「数え方の単位」のロマンを勉強しました!
- お神札(しんさつ)は、自宅の神棚にお祀りするのが一般的だが、玄関や台所、柱に直接貼って家を守るお札(火の用心など)もある。
- お札・お守りの歴史は古く、平安貴族が首から下げた魔除けの袋「懸守(かけまもり)」が起源。
- 神様を「柱」と数える理由:神様が木の依代(ご神木)に宿ると信じられたため。三内丸山遺跡や諏訪大社の御柱祭など、古代からの「柱信仰」が現代に受け継がれている。
- 【古事記トピックス】天の御柱(あめのみはしら):イザナギとイザナミがオノゴロ島で巨大な柱を立て、お互いに左右から回って国生みを行った神話が、神聖な柱の原点。
- 単位の絶対暗記ポイント:神様は「柱(はしら)」、お守りは「体(たい)」、お神輿は「基(き)」、平安時代の延喜式神名帳では神様を「座(ざ)」と数える。
「一柱(ひとはしら)」という数え方一つをとっても、そこに国生みの巨大な御柱や、山から丸太を曳き落とす諏訪の情熱、そしてクリの木を立てて祈った縄文人たちの太古の息吹がそのまま宿っているのだと思うと、日本語の持つ神聖さに改めて深い感動を覚えますね。
次回は、「17:破魔矢(はまや)について教えてください」をお届けします。 初詣で受ける、あの美しくてかっこいいお矢「破魔矢」のルーツとは?「破る魔の矢」という名前に隠された、驚きの歴史とマナーについて解説します。
一緒に神社検定合格を目指して、次回の勉強も楽しんでいきましょう! 最後までお読みいただきありがとうございました。

コメント