拝殿の内へ一歩入ると、音が先に減ります。自分の膝が、どの順で畳へつけばよいのか、急に分からなくなります。昇殿参拝の身のこなしは、その沈黙のなかで、ゆっくり、丁寧に、背筋を伸ばすことから始まります。急ぐ動作は、神の前では、音になって残ります。
立ち座り、起居(ききょ)の足には、神に対してお尻を向けない、礼を欠く姿勢をとらない、という敬意から、順番が決まっています。座るときは、神、ご神前に近い方の足の膝を、先に床へつけます。立ち上がるときは、神から遠い方の足、あるいは正中(せいちゅう)から遠い方の足を、先に立てます。覚え方は一つに収まります。神に近い方の足は、先に立てません。近い側の膝を床に残しておくことで、動作の途中でも、神に対して安定した敬意の姿勢が途切れません。古い知恵は、角度の前に、足の順として残っています。
移動のとき、畳の縁、座布団、敷物は、足で踏みません。縁には、家紋や神紋など、格式の高い模様が織り込まれていることが多く、踏むことは深い不敬にあたります。縁や敷物は、内と外、神聖な区画と通常の区画を分ける結界の役割も持っています。よけて歩くことが、そのまま境界を認めることになります。
十五度から、九十度まで
昇殿のあいだ、頭の下げ方は場面で変わります。神道の敬礼には、拝(はい)と揖(ゆう)の二つの流儀があり、角度によって四つに使い分けられます。
小揖(しょうゆう)は、十五度です。背筋を伸ばしたまま、腰を軽く傾けます。正座の座礼では、両手の指先を軽く床へ下ろして行います。立ち上がるとき、座るとき、移動を始めるときなど、動作の前後に行う、軽く上品な挨拶です。
深揖(しんゆう)は、四十五度です。腰を深く傾けます。正座では、肘を伸ばしたまま両手を膝の前につき、上半身を傾けます。神職が大麻(おおぬさ)でお祓い、修祓(しゅばつ)を行っているあいだの礼で、お祓いが完全に終わるまで、その深さを保ちます。
平伏(へいふく)は、六十度です。さらに深く腰を折ってひれ伏します。正座では、両手を膝の前につき、肘を軽く曲げて上半身を深く傾けます。椅子に座る立礼のとき、同様に深く頭を下げることを、警折(けいせつ)と呼びます。神職が、神へ向けて祝詞(のりと)や祓詞(はらえことば)を奏上しているあいだ、神の威厳に対して身を低くし、聞き入るための礼です。
拝は、九十度です。腰を直角まで深く折ります。最も深いひれ伏し、拝礼です。神に対面し、二拝二拍手一拝などの拝礼を、直接行うときの礼です。十五度が動作の挨拶なら、九十度は、祈りそのものの深さです。
角度の数字は、形を共有するための目印です。背筋を伸ばし、心を込めて、ゆっくり頭を下げるとき、形は気持ちの器になります。
剣の先のあぐらと、湖畔の平伏
古事記では、座り方と平伏が、支配と誓約を、そのまま見せていました。
天上の神々から、地上の国を譲り受けよ、と命じられ、出雲の砂浜に降り立った武の神、建御雷神(たけみかづちのかみ)。この神は、持っていた巨大な十握剣(とつかのつるぎ)を、波の上に逆さまに突き立て、その刃の尖った先に、堂々と胡坐(あぐら)をかいて座ったのです。攻撃も恐れもものともしない、天上の圧倒的な支配者である、と、座り方だけで示す振る舞いでした。
その力の前に、力比べでは敵わないと悟り、科野国の州羽の海、長野県の諏訪湖まで追い詰められたのが、大国主神(おおくにぬしのかみ)の子、建御名方神(たけみなかたのかみ)です。追い詰められた建御名方神は、建御雷神の前に膝をつき、深く平伏して言いました。恐れ入りました。どうか私を殺さないでください。この地から一歩も出ず、父の大国主神の命令どおり、天津神に国を譲ることを誓います、と。
神話において、ひれ伏して頭を地につける姿は、敵意がこれっぽっちもない、すべてを委ね、神聖な誓いを破らない、という降伏と忠誠を、目に見える誓約にした動作でした。祝詞のあいだに六十度の平伏をし、拝礼で九十度の拝を行うとき、人は、絶対的な神聖さの前で神々が見せた、邪心のない心の証明のポーズを、角度を整えて受け継いでいます。
次にその深揖を保ったまま迎えるのが、大麻の音です。修祓と、神前へごちそうを進める献饌が、礼の直後に始まります。


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