席についた直後、白い紙をつけた棒が、静かな弧を描いて上がります。昇殿して、胡床(こしょう)や畳の自分の場所に着くと、最初に行われるのが修祓(しゅばつ)です。参列者全員の罪と穢れ(けがれ)を、きれいに祓い清める儀式です。神職は、神へ向けて、お祓いのための神聖な詞、祓詞(はらえことば)を奏上したあと、目の前で道具を使い、身を清めてくれます。
受けている側にも、角度が決まっています。祓詞が読まれているあいだは、背筋を伸ばし、六十度の平伏(へいふく)で頭を下げて聞き入ります。大麻(おおぬさ)でお祓いを受けているあいだは、腰を四十五度の深揖(しんゆう)に傾け、お祓いが完全に終わるまで、その姿勢を保ちます。詞の終わりに「かしこみ」と響く声と、左右へ振られる紙の音が、殿内の空気を一度、薄くします。
脱いだ衣と、潮の水
道具は、神事に応じて変わります。どれも、清めの道具である前に、捧げ物の記憶を持っています。
大麻は、お祓いと聞いて多くの人が思い浮かべる、木や竹の棒に、白い紙垂(しで)や麻の繊維、木綿(ゆう)を結びつけた、大きな榊や棒です。ぬさとは、古来、祈りやお祓いのとき、神に捧げてきた供え物のことを意味します。塩湯(えんとう)は、塩を丁寧にお湯で溶かしたものです。神職が塩湯の器から、常緑樹の葉に塩湯を浸し、頭上へぱらぱらと撒くように祓います。切幣(きりぬさ)は、四角く細かく刻んだ白い和紙に、麻を細かく切ったものを混ぜたものです。参拝者の左右の肩へ撒き、身についた穢れを吸い取って払い落とします。人形(ひとがた)は、人の形に切り抜いた白い和紙です。自分の名や年齢を書き、その紙で体を撫で、息を三回吹きかける。体の中に溜まった罪や穢れを、身代わりとして人形へ移し、水に流すか、焼いて祓います。
これらの道具の記憶は、古事記では、黄泉からの帰り道に集まっています。国を生んだ伊邪那岐命(いざなぎのみこと)は、死者の国、黄泉から、命からがら現実の世界へ逃げ帰りました。体に浴びた死の穢れを洗い流すため、宮崎県の阿波岐原(あわきはら)の海辺で、日本で最初の禊祓(みそぎはらえ)を行います。
水に入る前、身につけていた衣服、帽子、腕輪、帯を、不浄なものとして次々と脱ぎ払い、地面へ投げ捨てました。衣を脱ぎ捨てる行いが、のちに、神へ麻や木綿、紙、衣の材料を捧げて穢れを吸い取らせる大麻の起源になった、と伝えられます。使った水は、海の潮の混ざる塩水でした。海水の潮流に浸かり、体を洗い清めた。塩の持つ強い清めと魔除けの力が、今の塩湯へ、土俵に塩を撒く相撲の習慣へ、飲食の店先に盛る盛り塩へ、つながっていきます。
拝殿で唱える祓詞には、伊邪那岐命が阿波岐原で体を清めたときの神話が、言葉のまま読み込まれています。修祓を受けることは、その物語の中の禊に自分を重ね、生まれたばかりの状態へ一度戻ることです。
一拝のあと、膳が並ぶ
お祓いが終わると、正式な祭りが開きます。次が、斎主一拝(さいしゅいっぱい)です。斎主(さいしゅ)とは、その祭りを中心となって主宰し、進行する神職のことです。これから、神に対して厳かに祭りを始めさせていただきます、という開始の挨拶が、深い一拝です。斎主がご神前へ深く頭を下げると同時に、周りの神職も、参列者も、全員で九十度の一拝を行います。殿内の頭が、同じ深さで揃う瞬間です。
祭りが始まったあとに行われるのが、献饌(けんせん)です。神への供え物である神饌(しんせん)、あるいは御饌(みけ)を、神の前へ丁寧に進める儀式です。並ぶのは、自然から収穫された恵みです。神に近い上座から、順が伝えられています。まず米、主食。次いで酒、お神酒(おみき)。魚は鯛などの海の幸。海草は昆布やわかめ。野菜は大根、人参、季節のもの。果実はりんご、みかん、季節の果物。そして塩と水。命の基本が、膳の端に置かれます。
日本の祭りの核心は、神人共食(しんじんきょうしょく)と呼ばれる考えにあります。神に供えた清らかなごちそうは、祭りが終わったあと、お下がり、直会(なおらい)として、神職と参列した人みんなでいただきます。神へおもてなしをし、神が召し上がったものとまったく同じ食べ物を、人もその場で分ける。それによって、神の力、ご神徳を体の中へ直接取り込み、神と人が固い絆で結ばれ、一体になる。古代から守り抜かれてきた、祭りの最も温かい基本のかたちです。
家の神棚に、米と塩と水を供える朝は、この献饌のごく小さな再現です。同じ膳のあとで待っているのは、言葉と、一本の枝と、杯です。祝詞奏上、玉串拝礼、直会が、供え物の向こうで続きを引き受けます。


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