祭りの当日、参列者はまだ座に着かないうちから、境内は掃き清められています。神職は前の夜から社殿と庭を整え、身と心を清めて、この朝を待っていました。当日は手水を使い、装束を整える。白い袖がそろったとき、祭祀はもう始まっています。神を招き、神饌を供え、祝詞を奏し、参列者が拝する。その全体は、十四の段に分けてたどることができます。神社によって前後が少しずれることはあっても、骨格はこの順です。支度をし、迎え、もてなし、見送る。接遇を、作法の順番にほどいたものです。
扉が開くまでの、五つの段
一段目は、社殿と境内の清掃です。普段から清潔は保たれていますが、祭りのときは特に念を入れます。落葉の一枚まで、客を迎える床として扱われます。
二段目、神職と参列者が、参進する場所に着きます。拝殿に向かって、それぞれ所定の座につく。行列が境内を進む足音が、祭りの表の始まりです。
三段目は、祓所での修祓です。大麻と塩によって、罪と穢れを祓います。参列する人が多ければ、神職と参列者の代表だけが祓所で修祓を受けます。祭りに先立って罪と穢れを祓うこと、そのことを修祓と呼びます。祭りそのものを修祓の名で呼ぶこともありますが、言葉の芯は、始まる前の祓いにあります。
四段目、宮司の一拝です。修祓のあと、一行は拝殿に進み、所定の座につきます。宮司が頭を下げ、参列者もそれに合わせる。いよいよ神前の神事が始まる、という合図です。
五段目で、ご本殿の御扉が開きます。扉が開くとき、「オー」という声が上がります。警蹕(けいひつ)と呼ばれる、畏れの声です。神がお出ましになるときに発せられ、参列している人は頭を垂れます。声のあいだ、境内のほかの音は一段下がったように感じられます。
ここで、規模による違いがあります。小祭では、御扉の開閉を行いません。本殿の扉は閉じたまま、その前で祭祀が進みます。オーの声が上がるのは、扉を開く重さを持った祭りのしるしです。
供え、告げ、舞う
六段目は、献饌(けんせん)です。神前に、供え物を置きます。新嘗祭で捧げられる神饌を例にすれば、餅、酒、米の初穂、野菜、卵、魚、塩と水、お菓子、果物が並びます。人が食べるものと、塩と水のような最小のものが、同じ膳の上にあります。
七段目、祝詞の奏上です。宮司が神前で祝詞を読みます。祈り、感謝、誓いの言葉です。参列者は頭を垂れたまま、その声を聴きます。意味の一語一語を追わなくても、言葉が神の側へ向いていることは、姿勢で分かります。
八段目は、献幣(けんぺい)です。神への献上物である幣帛を供えることがあります。幣帛はみてぐらともいい、神への供え物の総称として用いられてきました。いまは、布や織物、あるいはそれに代えられる解布料として供えられます。食事の膳とは別に、布という形の礼が置かれる段です。
九段目、神楽が奏でられます。雅楽であったり、巫女の舞であったり、神社によって形は変わります。一例が、豊栄舞(とよさかのまい)です。神も、参列する人々も、心が和らぎ、喜びを共にする時間です。厳かな声のあとに音楽が来ることで、祭りは畏れから、わかちあいへ少し傾きます。
玉串のあと、膳を下げる
十段目は、玉串拝礼です。宮司と神職に続いて、参列者も玉串を持って拝礼します。それまで座で頭を垂れていた人が、一人ずつ神前へ進む。祭りの列が、ここで個人の歩みに変わります。
十一段目、供えたものを下げます。撤幣と撤饌です。そして、本殿の御扉を閉じる。開いて迎えた席を、もとの静けさへ戻す段です。神を迎え、もてなしたあとの、見送りの仕草です。
十二段目、再び宮司の一拝です。宮司が本殿に向かって拝礼し、参列者もそれに合わせます。扉が閉じたあとも、礼はもう一度、残されます。
十三段目は、直会(なおらい)です。神前に供えた神饌のお下がりをいただき、力を賜ります。別の会場へ移して直会を行う場合もあります。畏れの時間が、同じ膳を囲む時間へ変わる段です。神が口をつけたものを人が受ける、という考え方です。
十四段目、退出です。神事が滞りなく終わると、神職が順に退出し、参列者も順に退出します。入ったときと逆の静けさが、境内に戻ってきます。
十四の段を振り返ると、前半の五段が準備とお迎え、中ほどの四段が供えと言葉と舞、後半の五段が拝礼と見送りと、お下がりの共食です。小祭では御扉を開閉しない、という一点を除けば、どの祭りもこの接遇の縮図を持っています。
桶を踏んだ舞と、榊の枝
中盤の神楽と、後半の玉串には、古事記の情景が重なります。天照大御神(あまてらすおおみかみ)が天の岩戸に隠れたとき、天鈿女命(あめのうずめのみこと)は桶を伏せて踏み鳴らし、舞いました。神々が大いに笑い、天照大御神が戸の外を覗いた。この舞が、神楽の起源だとされます。九段目で奏でられる音楽は、闇のなかで相手を外へ誘った夜の、遠い続きです。
玉串拝礼で手にする榊(さかき)は、古くから神聖な植物として崇められてきました。枝に付けた紙垂(しで)の、ひらひらと揺れる形は、清浄と神聖さのしるしです。人が神前へ進むとき、言葉より先に、その枝が礼を運びます。
順序が見えると、次に目が行くのは、神が社の外へ出ていく姿です。十四の段が境内の中の接遇だとすれば、神輿は、その客が町まで足を延ばすための席です。


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