例祭の日、町の交差点で空気が先に変わります。遠い太鼓、近い掛け声。わっしょい、という声が角を曲がってきて、屋根の上の鳳凰が人の頭より高く揺れます。神輿(みこし)です。しんよ、とも呼ばれます。今日が例祭である神社にとって、神輿は最も重い祭具です。普段は本殿の奥に鎮まっている神が、この日、神輿などに乗せられ、氏子の暮らす地域を渡っていきます。
動く社殿に、神が乗る
神輿は、社殿の形をしています。屋根には鳳凰や鈴、鳥居などが付き、本体の形は四角のもの、六角のもの、八角のものと、社によって分かれます。鳳凰の飾りを戴いた神輿は、もと天皇陛下の正式な乗り物でした。人が肩で担ぐ屋形の上に、宮中の輿の記憶が残っている、ということになります。町を進む小さな社は、移動する本殿です。
神がこうして町へ出ることを、神幸(しんこう)と呼びます。そのときの祭典が、神幸祭です。例祭の日には、神幸の行事が行われます。担ぐ若者たちも、身を清めてから神輿を担ぎます。力のいる仕事であると同時に、奉仕です。清めた肩で、神の席を運びます。
ご神幸には、水の上を船で渡る場合もあります。陸の道が神の通り道になる日もあれば、船そのものが神の席になる日もある。どこを通るかは、その土地の暮らしの形です。神社やご祭神にゆかりのある場所へ、行列が向かうこともあります。記憶のある地点を選んで巡る行列は、町の歴史を足でなぞっています。
その前に、氏子は町のなかを清掃します。落ち葉や塵を払い、神灯を掲げて神を迎える。普段は店先にしか立たない灯が、この日は神の進路を示します。神は、氏子たちの生活を直接ご覧になり、幸いを与える、とされてきました。本殿の奥から想像するだけでは届かない軒先や路地まで、祭りの一日だけ視線が降りてくる。還るまでの時間が、幸いの通り道になります。担ぐ肩と、沿道で頭を下げる人と、掲げられた灯が、一つの神幸を作っています。
出て、見て、宮へ戻る
町を見終えた神が、お宮へ戻ることを還御(かんぎょ)と呼びます。出て、渡り、戻る。神幸と還御は、対になった一つの旅です。わっしょいの声が境内へ吸い込まれ、鳳凰がもとの暗がりの前で止まるとき、例祭の外の部分は終わります。内の祭祀と、外の行列と。例祭は、その両方で一日を使います。
道中では、さまざまな神事芸能が神を喜ばせます。舞があり、音楽があり、土地に伝わる技がある。祭りの多くは、その地域の性質と、歴史の厚みをそのまま表します。同じ神輿という言葉でも、担ぎ方と道順と芸能が違えば、別の町の物語になります。
例祭に限らず、その神社やご祭神の由緒を形にしたお祭りを行う社も多く、それらは特祭、神事と呼ばれます。名の知られたものには、厳島神社の管絃祭、熊野那智大社の那智の火祭、扇祭とも呼ばれるあの火の行列があります。海の上の管絃と、山の斜面を下る火。神を喜ばせる方法は、水であったり、炎であったりします。神輿がその土地の道を往復するように、特祭は土地の風景そのものを祭具にします。
岩戸の外へ、迎えに出た神々
神輿で神を町へ連れ出す気持ちは、古事記で神を招いた夜と、向きが似ています。天の岩戸に隠れた天照大御神(あまてらすおおみかみ)を、戸の外へ迎えようとした八百万の神々のように、人は神を身近に感じ、ともに喜びを分けようとしてきました。岩戸の前では、神に外へ出てもらうことが願いでした。例祭の午後は、出てきてくださった神と、町を一緒に歩きます。
わっしょい、という掛け声は、歩調を揃えるための音であると同時に、神と担ぎ手と沿道の人が一つの祭りへ溶けるときの高まりでもあります。肩が痛むことと、幸いを運んでいることが、同じ午後に起きます。屋根の鳳凰が揺れ、鈴が鳴り、屋形についた鳥居までが人の肩の上を進みます。四角のものも、六角のものも、八角のものも、どれも動く社殿です。町を見て還御したとき、神は本殿の静けさへ戻ります。
神が町へ出る前に、人の側が半年の汚れを落とす日があります。6月の終わりと、年の瀬。夏越の大祓と、師走の大祓です。茅の輪と、紙の人の話を、次にたどります。


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