12月も半ばを過ぎると、門の前に松と竹が立ちます。家の中では、丸い餅が二段に重なり、玄関の注連には橙が一つ下がる。12月13日頃、家族の誰かが脚立を出し、去年とは違う青さを門に結びます。お正月は、年神さま(としがみさま)を迎える時期です。正月飾りは、その神を招き、一年の幸せと豊穣を祈るためのものです。門松(かどまつ)、しめ縄(しめなわ)、鏡餅(かがみもち)。三つは別々の場所に見えて、同じ客のための席です。
飾り付けは、12月13日頃から始めます。置く期間は、1月7日までが関東、1月15日までが関西です。このあいだを松の内と呼び、日は地域で異なります。松の内を過ぎたら、神社のお焚き上げに出すか、適切に処分します。片付けるときも、感謝を込めて行います。門松やしめ縄は、神社のお焚き上げに出すのが一般的です。迎えのしるしを、役割が終わったあともゴミ箱へ混ぜない、という気持ちです。
山から降りる神の、目印
門松は、年神さまを迎えるための飾りです。松は千歳を象徴し、長寿と繁栄を願う意味を持ちます。年神さまは、古来、山から降りてくる神として信仰されてきました。山の神としての信仰でもあります。門松は、その神が家に降りてくるための目印であり、お迎えのしるしです。竹と松を組み合わせて作ります。竹は成長と繁栄を、松は長寿を象徴します。門の両側に立つ緑は、庭の装飾というより、客が迷わないように立てた標です。
しめ縄は、神聖な場所を示すしるしです。神棚や玄関に飾り、年神さまを迎える空間を清めます。形や大きさは、家庭や地域で異なります。注連縄は神聖な場所を示す総称であり、正月のしめ縄は、その中でも正月用の飾りです。橙(だいだい)を付ける習慣もあり、橙は「代々」に通じて、子孫の繁栄を願う意味が込められています。松の内まで飾り、それ以降は適切に処分します。玄関の縄と、神棚の上の縄が、同じ年の境を家の内外で引きます。
刃物を入れない鏡
鏡餅は、年神さまに供える餅です。円い餅を重ねた形は、古来の鏡を象徴し、神聖さと清浄を表します。二段、または三段に重ねます。古事記の時代から続く、餅のお供えの伝統にも通じています。1月11日頃に鏡開きをして食べます。刃物で切ると縁起が悪いとされ、手で割るのが一般的です。家族で餅を食べ、一年の健康と幸せを願う行事です。鏡餅の上に、橙や海老、昆布を飾る地域もあります。それぞれに、吉祥の意味が込められています。
年神さまは、家族の幸せと豊穣をもたらす神として信仰されてきました。門松や鏡餅を通じて、感謝と祈りを捧げます。お正月は一年の始まりであり、家族が一堂に会する時期でもあります。飾り付けを家族で行うことが多く、子どもにとって、神道の文化が手の作業として伝わる機会になります。立てる、供える、割る、片付ける。一連が、年の折り目です。
穀物の神と、山にいる神
年神さまの信仰は、古事記の大年神(おおとしのかみ)に通じています。大年神は穀物の神として描かれ、稲や穀物の豊穣を司り、農耕の社会で大切にまつられてきました。年神さまへの信仰は、この大年神の信仰と結びついています。古事記では、神々が山に住み、秋に収穫の恵みをもたらす、という信仰の景色も見られます。年神さまが山から降りてくるという考えは、その背景を持っています。
門松で年神さまを迎える習慣は、神話の世界と、現代の玄関先とを結ぶ行事です。松の内の明け方は、土地で日付がずれます。関東では1月7日、関西では1月15日に、門の松が役割を終えます。その前、1月11日頃には鏡開きがあり、刃物を入れずに手で餅を割ります。二段の家も、三段の家もあり、橙や海老や昆布を上に載せた餅は、吉祥の意味ごと食卓へ戻ります。橙の「代々」は、しめ縄に下がっていた願いが、口に入る形へ変わる瞬間です。松の内が明けると、山へ返す気持ちで飾りを下ろし、神社のお焚き上げへ出します。
年神を送ったあとも、家の中には別の祀りが残ります。先祖の御霊を迎える御霊舎は、神棚のそばで静かに置かれています。


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