お盆の朝、神棚の水とは別に、もう一つの器へ水を注ぐ家があります。小さな社、あるいは箱のような棚に、ご先祖の御霊代が納めてある。それを御霊舎(みたまや)と呼びます。日本人は古くから、先祖を大切にする文化を持ってきました。先祖のお祀りは、ご先祖への感謝と、家族の繁栄を祈る祭祀です。神棚が氏神や伊勢の神を迎える席なら、御霊舎はご先祖の御霊を迎える席です。役割が分かれているので、置き場所も、気持ちの向け方も分かれます。
御霊舎で行うのが、一般的な形です。神棚と同じく、清潔で明るい、高い場所に設けます。目線より上です。ご先祖のお札や位牌を納め、日々のお参りとお供えを続けます。お供えの基本は、水、塩、米、お神酒です。神棚と同じ顔ぶれで、季節の果物を添えることもあります。お盆やお彼岸には、特に丁寧に供えます。毎日の一杯の水が、年に数度の丁寧な供えとつながって、家族の絆を深め、感謝を忘れない習慣になっていきます。
年忌は、亡くなった日に戻る
先祖のお祀りには、霊祭(れいさい)と呼ばれる祭祀があります。一周忌、三回忌、七回忌、十三回忌など、年数に応じて行います。年忌(ねんき)は、亡くなった日を記念する祭祀です。その日にお供えとお参りをし、感謝を捧げます。霊祭の様式は、地域や家系によって異なり、宗派によっても違います。家庭に伝わる仕方を大切にしながら、感謝の心を置いていきます。
数え方には、名前と年数のずれがあります。一周忌は、亡くなってから1年後の忌日です。三回忌は2年後、七回忌は6年後、十三回忌は12年後の忌日に行います。亡くなった年を一回目に数えるので、三回目の忌日は2年後に来ます。七回目は6年後、十三回目は12年後です。カレンダーにその日を書き、水と塩と米とお神酒をあらため、季節の果物を足す。年忌のたびに、故人への感謝を置き、家族の結びを確かめる習慣でもあります。
お盆とお彼岸は、その年忌のあいだを埋める季節です。御霊舎の前が、ふだんより丁寧になります。神棚と同じ器を使いながら、向ける相手はご先祖の御霊です。両方の棚がある家では、上の神棚に先に頭を下げ、下の御霊舎へ移る、という順も生まれます。神棚にご先祖のお札を納めている家は、一つの棚の中で神と御霊の札を分けて置きます。地域と家系と宗派が、その順をそれぞれに伝えてきました。
上に神棚、下に御霊舎
神棚と御霊舎は、役割が分かれます。神棚は神を、御霊舎はご先祖の御霊をまつります。両方を設ける家もあれば、神棚にご先祖のお札も納めている家もあります。家庭の状況と、地域の慣習に合わせて使い分けます。同じ場所に設けるときは、神棚を上、御霊舎を下に配置するのが一般的です。上に総氏神や氏神の席を置き、その下にご先祖の席を置く。視線の順が、祀りの順になります。
大切なのは、神とご先祖への感謝を、日々の暮らしの中で忘れないことです。先祖のお祀りは、家族の歴史と伝統を、次の世代へ渡す時間でもあります。名前を読み、水を替え、お盆に果物を足す。その繰り返しが、家系の記憶を口だけでなく手に残します。
黄泉の食を、口にした神
先祖の御霊をまつる考えは、古事記の物語にも通じています。伊邪那美命(いざなみのみこと)は、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)の妻であり、黄泉の国で亡くなり、御霊としてまつられる存在になっていきます。伊邪那岐命が黄泉で再会したとき、伊邪那美命はすでに黄泉の食べ物を口にし、御霊の世界に属していました。死者の魂が御霊として存在する、という信仰の源流の一つとされてきました。
古事記の世界では、亡くなった人の魂は御霊となり、適切におまつりすることで、家族を守り、子孫に恵みを与える、と考えられました。御霊舎での祀りは、その信仰を、現代の家族の棚へ受け継いだものです。水を替える手は小さいけれど、黄泉の側へ行ってしまった人を、家の明るい場所へ迎える所作でもあります。
御霊としてまつる前に、送りの儀式があります。人が亡くなったとき、神社では神葬祭という流れで、その人を送っていきます。


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