前回は、諏訪大社と御柱祭、建御名方神と日本第一大軍神について学びました。今回は、京都・東山区の八坂神社(やさかじんじゃ)と祇園(ぎおん)について、祇園さん・天王さんの正体から祇園祭のルーツまで、しっかり整理していきます。
「祇園さんって八坂神社のこと?」「牛頭天王と素戔嗚尊は同じ神?」「祇園祭はなぜ疫病を鎮める祭り?」——京都を代表する神社は、神仏習合の歴史が色濃く残るテーマです。古事記の素戔嗚尊とのつながりも押さえましょう!
1. 八坂神社の基本——京都・祇園の氏神
八坂神社は、京都府京都市東山区に鎮座する神社です。旧称は祇園社(ぎおんしゃ)で、一般には祇園さんと親しまれています。
八坂神社は、日本三大祭りのひとつ祇園祭(ぎおんまつり)の氏神として知られています。祇園祭は八坂神社の祭りであり、毎年7月に京都の夏を彩る代表的な祭礼です。
2. 主祭神——素戔嗚尊(すさのおのみこと)
八坂神社の主祭神は素戔嗚尊(すさのおのみこと)——古事記では須佐之男命(すさのおのみこと)とも表記されます。天照大御神の弟として、出雲の国譲りや八岐大蛇退治などで活躍する神です。
現在の八坂神社では、神道の名称である素戔嗚尊が主祭神として祀られています。しかし歴史上は、別の名称でも信仰されていたことがあります——それが「天王さん」の正体です。
3. 祇園さん・天王さんの正体——神仏習合と同一神信仰
祇園さん・天王さんについて理解するには、神仏習合(しんぶつしゅうごう)の時代背景が欠かせません。
神仏習合の時代、素戔嗚尊はインドの神と同一視されるようになりました。具体的には、次の神々が同一神として結びつけられていました。
- 素戔嗚尊(須佐之男命)
- 牛頭天王(ごずてんのう)
- 武塔天神(むとうてんじん)
💡 牛頭天王と祇園精舎
牛頭天王は、インド起源の仏教の守護神が日本に伝来したものです。とくに祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)——インドの竹林精舎(釈迦が説法した寺院)の守護神として信仰されました。
牛頭天王は祇園精舎の守護神と考えられていました。そして神仏習合の考え方のなかで、牛頭天王は素戔嗚尊と同一視されるようになったのです。
💡 武塔天神——もうひとつの呼び名
武塔天神も、素戔嗚尊・牛頭天王と同一神として信仰された別の呼び名です。神仏習合の時代には、日本の神と仏教の守護神が結びつけられ、多様な名称で祀られることがありました。
こうして「祇園さん」「天王さん」という呼び名は、素戔嗚尊=牛頭天王=武塔天神という同一神信仰の名残なのです。
💡 試験のポイント
- 主祭神:素戔嗚尊(現在の神道での名称)
- 神仏習合時代:牛頭天王・武塔天神と同一視
- 牛頭天王=祇園精舎(インドの寺院)の守護神
- 旧称:祇園社→現在の八坂神社
4. 祇園祭——疫病を鎮めるために始まった祭り
八坂神社の祭りである祇園祭は、疫病を鎮めるために始まったと言われています。平安時代、都に疫病が流行した際、神仏に祈りを捧げて災厄を退ける——そんな願いから祭りが始まったと伝えられます。
祇園祭は、八坂神社の氏神・素戔嗚尊の御力によって疫病を鎮め、災いを退けることを祈る祭礼として、長い歴史を持っています。
💡 茅の輪くぐりと紙垂——今も続く除疫の祈り
祇園祭に関連する重要な除疫の習俗として、茅の輪くぐり(ちのわくぐり)があります。巨大な茅(ち)の輪を作り、その輪をくぐることで穢れを祓う儀式です。
また、紙垂(しで)——ジグザグに切った紙の飾り——を縄(なわ)に下げ、人々がその下をくぐることで穢れを祓う習慣もあります。
「今後もしも疫病がはやったら、茅の輪くぐりで祓えるか?」——そんな問いに答えるように、八坂神社では茅の輪くぐりの伝統が今も受け継がれています。6月末の夏越祭(なごしさい)などで、茅の輪くぐりが行われることも知られています。
【古事記トピックス】素戔嗚尊——天の弟が疫病退散の神に
八坂神社の主祭神・素戔嗚尊は、古事記において最も個性豊かな神のひとりです。
古事記の「天照大御神と素戔嗚尊」のくだりで、素戔嗚尊は高天原で乱暴な振る舞いをし、天照大御神を怒らせてしまいます。追放された素戔嗚尊は出雲へ下り、八岐大蛇(やまたのおろち)を退治し、稲田姫を救います。
大蛇退治の際、素戔嗚尊は大蛇の尾から天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)を取り出しました。退治の後、素戔嗚尊は黄泉の国で伊弉冉尊に会い、穢れを祓う禊を行います——この「祓い」の力が、後に疫病退散の御神徳と結びついたと考えられます。
古事記では荒々しい英雄として描かれる素戔嗚尊ですが、禊や祓いの力を持つ神でもあります。祇園祭で疫病を鎮める氏神として祀られる背景に、この古事記の素戔嗚尊のイメージがあるのです。
5. 祇園祭の年中行事——山鉾と神輿
祇園祭は7月1日から31日まで続く長い祭りです。前半の山鉾(やまほこ)巡行と、後半の神輿(みこし)渡御が知られています。山鉾は各町が誇りを持って曳き廻す巨大な山車のような存在で、京都の夏の風物詩として親しまれています。
祭りの起源が「疫病退散」にあることから、祇園祭全体が除疫(じょえき)・災厄退散の意味を持っています。山鉾巡行も神輿渡御も、八坂神社の氏神・素戔嗚尊の御力によって穢れを祓い、町の安寧を祈る行事なのです。
💡 神仏分離後の八坂神社
明治時代の神仏分離(しんぶつぶんり)以降、牛頭天王・武塔天神としての信仰は整理され、現在は素戔嗚尊が正式な主祭神として祀られています。しかし「祇園さん」「天王さん」という呼び名は今も残り、神仏習合時代の歴史を今に伝えています。
本日の学び直しまとめ
- 八坂神社:京都府京都市東山区/旧称・祇園社=祇園さん
- 主祭神:素戔嗚尊(須佐之男命)
- 神仏習合:牛頭天王・武塔天神と同一神
- 牛頭天王=祇園精舎(インドの寺院)の守護神
- 祇園祭:八坂神社の祭り/疫病を鎮めるために始まった
- 茅の輪くぐり・紙垂による除疫の祈り
次回は、日本三霊山のひとつ白山と、白山比咩神社の信仰について学びます!

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