MENU
  • ホーム
  • 神社検定
  • 国史
  • 運営者情報
  • プライバシーポリシー
  • 免責事項
  • お問い合わせ
鳥居の前で足が止まる理由から、古事記と全国の神社を物語としてたどる。
神話と神社の道しるべ
  • ホーム
  • 神社検定
  • 国史
  • 運営者情報
  • プライバシーポリシー
  • 免責事項
  • お問い合わせ
  • ホーム
  • 神社検定
  • 国史
  • 運営者情報
  • プライバシーポリシー
  • 免責事項
  • お問い合わせ
神話と神社の道しるべ
  • ホーム
  • 神社検定
  • 国史
  • 運営者情報
  • プライバシーポリシー
  • 免責事項
  • お問い合わせ
  1. ホーム
  2. 神社検定
  3. 伊勢神宮以外で神宮と呼ばれる香取と鹿島は、海と雷とで国土を鎮めた

伊勢神宮以外で神宮と呼ばれる香取と鹿島は、海と雷とで国土を鎮めた

2026 10/11
神社検定
2026年6月20日2026年10月11日
写真ACより正規ダウンロードした写真(透かしなし)

茨城県鹿嶋市の鹿島神宮(かしまじんぐう)に着くと、奥の社殿より、地面に半ば埋まった石が先に目を引くことがあります。要石(かなめいし)です。日本の地の要を押さえる石として、地震を鎮める力を持つと信じられてきました。対になるもう一社が、千葉県香取市の香取神宮(かとりじんぐう)です。海と陸、漁と武。関東のこの二社は、セットで語られてきました。

古くは大神宮(だいじんぐう)と呼ばれ、平安時代以降、神宮(じんぐう)と称されるようになります。伊勢神宮(いせじんぐう)以外で、古くから神宮と呼ばれてきたのは、香取神宮と鹿島神宮の二社です。呼称の特別さは、格式と、古代からの役割を背負っています。香取は、香取大神宮とも呼ばれ、朝廷から厚い崇敬を受けました。海の神と武の神が、関東の東で呼び合うように鎮座しています。

目次

海を守る神と、雷を持つ神

香取神宮のご祭神は、経津主大神(ふつぬしのおおかみ)です。漁業と海運の神として信仰され、漁師と船乗りの海上安全を守る神とされてきました。関東の海辺に鎮座することが、その神徳と重なります。

鹿島神宮のご祭神は、建御雷神(たけみかづちのかみ)です。武運の神として信仰され、雷の力を持つ武神として、武士たちの崇敬を集めてきました。関東の武神信仰の中心です。経津主大神が海の領域を担い、建御雷神が武の領域を担います。役割が二つに分かれていることが、社が二つある理由として語られます。漁に出る者は香取に航海の平穏を願い、弓を取る者は鹿島に武運を願いました。同じ関東でも、祈る危険の種類が違います。

降りる前に、国を静める

日本書紀の天孫降臨(てんそんこうりん)では、この二神が重要な役を果たします。天孫、天皇の祖先が地上に降りる前に、国土を平定する必要がありました。その使命を担ったのが、経津主大神と建御雷神です。二神は国々を鎮め、皇孫降臨(すみらみこうりん)の前に土地を整えます。荒れ狂う力を静め、天孫が治めるに足る国にしていきます。降りる者が先にいて、鎮める者が後から付くのでは、順序が逆です。先に剣と海の神が国を歩き、そのあとで天孫が降りてくる。この功績のゆえに、二社は朝廷から特別な崇敬を受け、神宮と呼ばれる格式を得た、と考えられてきました。

古事記の出雲の国譲りでは、建御雷神の活躍がより具体的に描かれます。大国主神が国を譲ることを承諾したあと、建御名方神が拒んで力比べを挑み、敗れて諏訪の湖へ逃れました。建御雷神は、大国主神のもとへ遣わされた使者であり、その力比べの相手でもあります。古事記では武甕槌命(たけみかづちのみこと)とも書かれ、雷の力で相手を圧倒する武神です。経津主大神も、古事記と日本書紀の双方に姿を持つ武神として語られます。書によって、二神が並ぶ場面と、建御雷神が前に出る場面とが分かれます。香取と鹿島を並べて祀る感覚は、並んで国を鎮めた、という日本書紀の側に近いものです。古事記が建御雷神の力比べを詳しく書くときも、鹿島の神が諏訪まで追い、そこで建御名方神の誓いを受けた、という記憶は同じ地面に残ります。

要石と、奈良へ運ばれた神

江戸時代には、徳川家康も鹿島神宮を深く信仰した、と伝えられます。関東の氏神として、武士の信仰の中心にあった二社の力は、政治と軍事と、海の生業とに及んでいました。要石は、建御雷神が武神であると同時に、国土の安定を司る神でもあることを、地面の側から示します。押さえる石がゆるめば、地は揺れます。武の神は、勝ち戦の神である前に、土地を動かなくする神でもありました。鹿島の石の前で頭を下げ、香取で潮の匂いを想像する。その二つが揃って、神宮という呼称の意味が、肩書きから仕事へ戻ります。

二神は、のちに春日大社(かすがたいしゃ)へも勧請されます。春日四所明神の第一が鹿島の武甕槌命、第二が香取の経津主命(ふつぬしのみこと)です。東国で国を鎮めた神々が、奈良の藤原氏の社で、再び並びました。香取の海と、鹿島の雷とを見たあとで向かう先は、その春日さんです。

← 前回:三角形を戴いた鳥居をくぐると、比叡の日吉さんが山王さんと名を変える

次回:春日大社の神鹿が横切る参道の先で、四柱の神は一つの明神になっている →

神社検定
神社のいろは 神社検定
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
  • 三角形を戴いた鳥居をくぐると、比叡の日吉さんが山王さんと名を変える
  • 春日大社の神鹿が横切る参道の先で、四柱の神は一つの明神になっている

この記事を書いた人

ぽっちゃんのアバター ぽっちゃん

はじめまして、こんにちは!当ブログ管理人のぽっちゃんです。

このブログでは、日本の神話である「古事記」の魅力や、神社文化をより深く楽しむための「神社検定」に関する情報を、分かりやすく楽しく発信していきます。

関連記事

  • 写真ACより正規ダウンロードした写真(透かしなし)
    鳥居の前へ戻って、もう一度頭を下げる。連載が終わる日の最後の一礼
    2026年6月26日
  • 写真ACより正規ダウンロードした写真(透かしなし)
    神社検定は初級の五十問から始まる。三十五分の三択、四つの級がある
    2026年6月26日
  • 写真ACより正規ダウンロードした写真(透かしなし)
    国家の宗祀と呼ばれた神社から、八万の社を包む神社本庁が発足するまで
    2026年6月26日
  • 写真ACより正規ダウンロードした写真(透かしなし)
    延喜式神名帳に二千八百六十一の社。官幣と国幣、一宮と二十二社の格
    2026年6月26日
  • 写真ACより正規ダウンロードした写真(透かしなし)
    遠い大社の例祭の日、勅使が幣を運ぶ。常饌料と幣饌料に支えられた社
    2026年6月26日
  • 写真ACより正規ダウンロードした写真(透かしなし)
    11月23日の朝、天皇は新穀を供える。大祭と小祭が刻む宮中の年
    2026年6月26日
  • 写真ACより正規ダウンロードした写真(透かしなし)
    中央の賢所、左の皇霊殿、右の神殿。静かな宮中三殿という祈りの配置
    2026年6月26日
  • 写真ACより正規ダウンロードした写真(透かしなし)
    即位の朝、松の間で受け継がれる鏡・玉・剣。伊勢と熱田と宮中の神器
    2026年6月26日

コメント

コメントする コメントをキャンセル

Recent Posts

  • 聖徳太子の新政を読み直す——冠位十二階と十七条憲法はなぜ生まれたか
  • 大和時代の暮らし——渡来人、須恵器、仏教伝来
  • ワカタケル大王——鉄剣銘が語る雄略天皇
  • 倭の五王と宋への朝貢——『宋書』倭国伝
  • 仁徳天皇——世界最大の陵と「民のかまど」

Recent Comments

  1. 人はなぜ、参道の真ん中を空けて歩くのだろうか。鳥居と鎮守の森の入口 に 祭りのあいだだけ、神はそこへ降りてきた。依代が社殿になるまでの物語 – 神話と神社の道しるべ より
  2. 赤い鳥居の奥で、稲は一粒から成っていく。お稲荷さんと狐と、初午祭 に 天神さまの牛を撫でる人は、右大臣だった人の雷と学問に静かに頭を下げる – 神話と神社の道しるべ より
  3. 琴平山の中腹に着くと、奉納された船絵馬が海上安全の歴史を語り始める に 火の用心の声が夜を渡るとき、愛宕さんと秋葉さんが同じ側に立っている – 神話と神社の道しるべ より
  4. 鞍馬と比叡に挟まれた貴船で、水の神は和歌と白馬の両方を受け取ってきた に 上賀茂と下鴨を結ぶ路次行列は、祭りをせよという神の言葉から続いている – 神話と神社の道しるべ より
  5. 社を新たに建て、神を移し、分けて合わせる。式年祭から分祀祭までの大祭 に 元日の朝から明治祭の日まで、一年を同じ日付で結んでゆく全国の中祭 – 神話と神社の道しるべ より

Archives

  • 2026年10月
  • 2026年8月
  • 2026年6月

Categories

  • 国史
  • 神社検定
  • ホーム
  • 神社検定
  • 国史
  • 運営者情報
  • プライバシーポリシー
  • 免責事項
  • お問い合わせ

© 神話と神社の道しるべ.

目次