平日の午前、拝殿の前に白い産着が一つ、親の腕の中で小さく動いています。祖父母が少し離れて見守り、神職が名前を確かめる。観光の参拝者は、その列を避けて端を歩きます。ふだんの参拝と同じ静けさです。それでも、その家にとっては、子どもが生まれてから最も改まった、神社の一日です。
初宮詣(はつみやもうで)は、うぶみやまいり、とも読みます。誕生のあと、初めて氏神のもとへ参拝することです。単に、お宮参りとも呼ばれます。命をいただいたことへの感謝と、これから健やかに育ってほしいという願いが、一つの挨拶に重なります。地方によって風習はさまざまです。行われる時期の目安として多いのは、生後7日目から、100日くらいまでのあいだです。早すぎず、遅すぎず、初めての外の神前へ連れていく。抱く人の歩き方が、その家の緊張をそのまま表しています。
産まれる前の、戌の日
子どもが生まれる前にも、祝いの習慣があります。着帯の祝い、帯祝いです。懐妊しておよそ7か月目の、戌の日を選んで岩田帯を締める、ともいわれます。犬が安産であることに、その日取りを重ねる言い伝えです。帯を締めることで、腹の子を守り、無事に生まれることを願う。着帯の祝いに合わせて、神社で安産祈願をする人もいます。生まれてからの初宮詣は、その帯のあと、命が外に出てきてからの報告です。祈願と報告が、誕生の前後で対になっています。
氏神へ連れていく、という言葉の意味は、その土地の神に、新しい一員を紹介することです。名前を伝え、ここまで無事だったことを伝え、この先を見守ってほしいと頼む。神饌を供え、祝詞を聴き、お下がりをいただく。大人の祭りと同じ骨格が、産着一枚のために縮んで行われます。
髪を伸ばし、袴を着け、帯を解く
数年がたち、同じ鳥居の前に、今度は自分の足で立つ子どもが現れます。七五三です。3歳、5歳、7歳の祝いであり、幼児が元気に育っていくようにとの願いを込めて行われてきました。こんなに大きくなりました、だからどうか守ってください。その気持ちが、晴れ着の一日の芯です。
三つの年齢には、それぞれ古い通過の名が残っています。3歳は、髪置(かみおき)。平安時代ともいわれ、初めて髪を伸ばし始める祝いです。それまで剃っていた髪を、伸ばしてよい年齢になった、という印です。5歳は、袴着(はかまぎ)。初めて袴を着ける。子どもの衣装から、少し格式のある装いへ移る日です。7歳は、帯解(おびとき)。少女が、大人と同じ帯を使い始める祝いです。付け紐で留めていた帯を解き、自分で結ぶ帯の世界へ入る。髪、袴、帯。体の外側の習慣が変わるたびに、神前で一度、成長を報告してきました。
なぜ11月15日なのか。江戸時代、5代将軍の徳川綱吉公のお子様の髪置祝いが行われた日にちなむ、ともいわれます。断定できる起源というより、その日が広く思い出されて、一般的な参拝日になっていった、という語られ方です。11月の風のなか、晴れ着の子どもの列が境内を埋めます。日付は一つでも、祝っている年齢は3歳、5歳、7歳とばらばらです。同じ日に、違う通過儀礼が並んで歩いています。
節目は、氏神への報告になる
初宮詣と七五三のほかにも、人生の儀礼は神社と結びついています。入学、卒業、就職、成人、結婚。還暦などの年祝いも、その列に入ります。節目のたびに氏神へ報告し、感謝を捧げ、末長い幸いを祈る。誕生の挨拶で始まった往復が、その人の一生の長さで続きます。
子どもの成長を祝う気持ちは、古事記の筋とも通います。神々の子孫が地上へ降り、子を産み、育て、次の世代へ渡していく。その物語の底には、健やかな成長と、子孫が続くことへの願いがあります。初宮詣で赤子を氏神に紹介し、七五三で背の伸びた姿を見せることは、その願いを、いまの風習として受け継いでいる姿です。産着の白と、7歳の帯は、神話の「次の世代」が、特定の子どもの名前を持った瞬間です。
成長を報告する歳の、少し先に、別の種類の歳が待っています。災いが近づきやすいと考えられてきた年回りと、その年に神社で受ける祓い。厄年と厄払いの話です。


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