祭りの開始を告げる前、神職の手には扇が閉じたままあります。広げてあおぐためではなさそうです。指の位置が決まっていて、扇は礼の一部として握られています。神職が祭祀で身に着ける装束は、平安時代の貴族の装束に起源があります。直衣(のうし)や袴(はかま)など、宮中の格式ある衣装が、いまの祭祀装束へ受け継がれてきました。平安の宮廷で用いられた正装が、やがて神前に立つ人の衣になったのです。
男性神職と女性神職では、正装の細部が違います。頭に被るもの、履き物、手に持つ道具。性別によって分かれる部分が、装いの輪郭を変えます。同じ祭りの列に並んでいても、頭の形と足もとと手の中身を見ると、誰の正装かが読み取れます。
手の中の扇と、首もとの襟
神職が手にする代表的な道具が、檜扇(ひょうせん)です。竹を骨として和紙を貼った扇で、正装と礼装のときに手にします。祭祀の場の格式を示す持ち物です。正装用と礼装用で異なる場合もあり、祭祀の格式に応じて使い分けられます。閉じた扇は、言葉を足さずに、今日の祭りの格を表します。骨は竹、地は和紙です。材質そのものが、宮廷の工芸を神前へ運んできました。
装束の中で、襟(えり)も格式を示す部分です。正装用の襟と礼装用の襟があり、衣の中でも重要なところとされてきました。紙の襟を用いる場合もあります。布か紙か、どの襟か。首もとの一つの選択が、正装と礼装の違いになって表に出ます。袴の色は位階を示し、直衣と袴は上衣と下半身を形づくります。扇、襟、袴。手と首と腰が、それぞれの役割で格式を分担しています。
頭の冠と、足の雪駄
正装や礼装のとき、男性神職は冠(かんむり)や烏帽子(えぼし)を被ります。冠は、最も格式の高い正装用の頭の装いです。烏帽子は黒い帽子で、祭祀の場で広く用いられます。大祭のときは冠を、中祭のときは烏帽子を用いるなど、祭祀の格式に応じて使い分けられます。遠くから見て、今日がどの格の祭りかは、頭の形でも分かります。
履き物も、祭祀の格式や男女によって異なります。正装のときは雪駄(せった)など、格式ある履き物を用い、日常の祭服とは区別されます。頭に冠を載せ、手に檜扇を持ち、足に雪駄を履く。装束の全体が調和した姿で、祭祀に臨みます。一つだけ日常のまま残っていると、正装の列からその人だけが浮きます。調和は、神前に立つ条件として整えられてきました。
宮廷の衣が、神前の衣になる
装束を着ける順を、手元から追うと分かりやすくなります。まず襟を定めます。正装の襟か、礼装の襟か。紙の襟を用いる日もあります。次に直衣と袴を整え、袴の色が位階を表に出します。男性なら頭に冠か烏帽子を載せ、大祭の日は冠、中祭の日は烏帽子、と格で選びます。手には檜扇を持ち、正装用と礼装用が分かれているときは、その日の祭祀に合うほうを握ります。足は雪駄に替え、日常の祭服の履き物から離れます。頭、手、足。男女で分かれるのは、この三箇所に集中しています。
装束の起源は、平安時代の貴族の装束です。1000年以上、格式ある衣装として祭祀の側に残ってきました。古事記の時代には、神前の祭祀に格式ある装いで臨むことが重視された、と伝えられています。平安時代になると、朝廷の祭祀と宮中の装束が結びつき、神職の正装として定着していきました。檜扇や烏帽子も、平安の貴族が祭祀や儀式で用いたものが、神職の持ち物として受け継がれています。宮中で扇を手にし、冠を載せた姿が、神前では祭祀の格式そのものになりました。直衣の線、袴の色、襟の材質、雪駄の音までが一つの礼として揃ったとき、神職は祭りの格を身体で示します。
正装は、祭祀の格式を示すとともに、神前にふさわしい清浄さを表します。檜扇を手にし、冠や烏帽子を被る。その姿は、宮廷の礼が神前の礼へ移ったあとの形です。冠にするか、烏帽子にするかは、祭りの大きさで動きます。大祭と中祭で、装束そのものがどう変わるのかを、次に見ます。


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