土器が煮炊きの道具になったあと、列島の気候そのものが変わります。今から約1万1000年前、最後の氷期が終わり、世界は暖かい時代へ移りました。
海が上がり、列島ができた
温暖化で植物の育ちが早くなり、森が増えました。木の実などの食料が、取りやすくなります。氷が溶けて海面が上がると、日本の土地は大陸から分かれ、再び日本列島になりました。
気候は、いまと同じような四季のある温暖湿潤な気候になり、さまざまな植物が育つ環境になります。海面が上がったことで入江も多くなりました。これを縄文海進といいます。入江には魚介類が棲みつきやすく、海の幸が手に入る地形です。
森と海が、近づいた
日本の沿岸は、暖流と寒流がぶつかるため、もともと豊かな漁場でした。縄文海進で森と海が近づくと、森の養分がそのまま入江へ流れ込み、漁場はさらに豊かになります。
暖かい時代が来たことで、日本列島は植物の資源だけでなく、海の産物も豊富に獲れる土地になりました。世界でも有数の豊かな土地です。いまの日本の食が魚を中心にしているのも、起源はこの時代にあります。
大きい獣が消え、弓が使われた
この時代になると、列島から大型の動物は姿を消します。猪や鹿のように、動きの速い中小の動物が増えました。捕るために、鏃を付けた弓矢が使われ、落とし穴も作られます。
環境に恵まれたため、人びとは定住するようになりました。ただし農耕や牧畜は、あまり発達しません。北部九州で稲作が始まるのは、縄文時代の晩期を待つことになります。
1万3000年以上、歴史の九割
縄文時代は、約1万3000年以上続きました。磨製石器の出現を日本の歴史の芽生えとするなら、日本の歴史の九割以上が、先土器時代と縄文時代です。
一つの文化がこれほど長く続いた例は、世界の歴史ではほかに見当たりません。豊かで安定していたため、新しい文化を取り込む必要が薄かった、と考えられます。中国大陸で農耕が盛んになっても、交流はあっても、列島の人は積極的には農耕を取り入れませんでした。農耕がないから遅れていた、のではありません。自然とともに暮らすなかで採取の生業を伸ばした、成熟した文化でした。

