インダス川と、中国の二つの大河では、都市と農耕の色が違います。隣の朝鮮半島は、列島より遅れて磨製石器と土器を持ち、縄文と同じように狩りと採集を中心にしていました。
碁盤の目と、未解読の文字
インド北西部を流れるインダス川の流域では、紀元前2500年ころ、モヘンジョダロに代表される都市を中心とした文化が栄えました。都市は、碁盤の目のような道路と、下水道の水路が整っているのが特徴です。インダス文字が用いられました。
インダス文字は、印章、銅片、土器などに刻まれ、約四百文字が知られています。長い文章の史料がなく、ほかの言語と並べて記されたものも見つかっていないため、いまだ解読されていません。
その後、紀元前1500年ころ、中央アジアからアーリア人が侵入し、バラモンという神官を頂点とする身分制度を持つ国々ができました。これは、のちのカースト制度の元になるもので、現在のインドに残っています。
水田と畑で、社会が分かれる
黄河と長江という二つの大河が流れる中国では、紀元前6000年ころに農耕の文化が生まれました。南方、長江流域では水田の稲作が、北方、黄河流域では粟と黍を中心とする畑作が発達します。
| 長江(南方) | 黄河(北方) | |
|---|---|---|
| 農耕 | 水田の稲作 | 粟と黍を中心とする畑作 |
| 作り方 | 肥料なしで連作できる。単位あたりの収穫が大きい | 追肥が必要で、連作の障害が起きやすい。単位あたりの収穫は少ない。労働を多く集める農耕になる |
水田の稲作は、肥料なしで連作ができ、しかも単位あたりの収穫が大きい、という特徴があります。畑作は追肥が必要で、連作の障害が起きやすく、単位あたりの収穫が少ないため、労働を多く集める農耕になります。そのため黄河の文化では貧富の差が大きくなる傾向があり、力のある勢力は周辺を力で併合するようになりました。そして、階級社会や国を生み出していきます。
殷の甲骨文字と、鉄
紀元前17世紀ごろ、黄河流域に殷(商)の国が興ります。青銅器を祭りの器として用いたほか、中国最古の文字である甲骨文字が使われるようになりました。甲骨文字は、殷の遺跡から出た、占いに用いた亀の甲や獣の骨に刻まれた象形文字で、漢字の最も古い形を示しています。殷の文化を読み解くうえで、大きく役立ちました。
紀元前1100年ごろ、周が殷を滅ぼします。やがて国が衰えると、紀元前8世紀ごろ、群雄が並び立つ春秋戦国の時代に入りました。この時代に鉄器が作られるようになり、武器や農具として使われます。
朝鮮半島は、列島より遅く
朝鮮半島では、日本より遅れて磨製石器と土器が作られるようになりました。生活の中心は、縄文人と同じく、狩猟と採集です。
大河の流域で国家と文字が進むいっぽう、列島とその隣は、まだ森と海の暮らしのなかにありました。世界の側で次に大きく広がるのは、神の教えです。

