ぽっちゃん– Author –
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神社検定
三角形を戴いた鳥居をくぐると、比叡の日吉さんが山王さんと名を変える
大津市の日吉大社は比叡山の麓に鎮座し、大山咋神をまつる日吉・日枝・山王の総本社です。延暦寺の鎮守として山王権現と呼ばれ、徳川家康は江戸城の守りとしました。鳥居に載る三角形は、山の形をしています。4月の山王祭には、神馬が立ちます。 -
神社検定
夏にも雪の残る越の白山で、菊理媛神は人と神とのあいだの祈りを結ぶ
白山は富士山・立山と並ぶ日本三霊山で、石川・岐阜・福井にまたがる越の霊峰です。総本社・白山比咩神社の菊理媛神は祈り結ぶ神とされます。九頭竜川など五つの川の源で、死者の魂が鎮まる山とも信じられました。平泉寺と長滝の白山神社も、その枝です。 -
神社検定
祇園さんと天王さんは、八坂に坐る素戔嗚尊の古い二つの呼び名だった
京都市東山区の八坂神社は、旧称を祇園社といい、主祭神は素戔嗚尊です。神仏習合では牛頭天王・武塔天神と同一視されました。7月の祇園祭は疫病を鎮めるために始まり、茅の輪と山鉾が今も町を祓います。日本三大祭りの一つとして京都の夏を占めます。 -
神社検定
諏訪湖のほとりを囲む四つの社に、本殿はなく6年に一度の御柱が立つ
諏訪湖の諏訪大社は上社本宮・前宮、下社秋宮・春宮の四社で、約1万社の総本社です。建御名方神は風の神にして日本第一大軍神とされます。6年に一度、上社と下社がそれぞれ四本の御柱を山から立てます。中世には武田信玄も篤く信仰した神社です。 -
神社検定
那智の滝そのものが神体である土地で、熊野三山の三柱は死者の国を分かつ
和歌山の熊野三山は本宮・速玉・那智の三社です。祭神は素盞嗚尊、伊弉諾尊、伊弉冉尊と結ばれ、創祀は崇神65年、景行58年、仁徳5年と伝えられます。御師と比丘尼が参詣道を全国へ延ばし、今は世界遺産の霊場です。滝は落差133メートルです。 -
神社検定
天神さまの牛を撫でる人は、右大臣だった人の雷と学問に静かに頭を下げる
天神さまは平安の右大臣、菅原道真です。藤原時平の讒言で九州へ左遷され、2年後に59歳で没しました。落雷や乱ののち火雷天神と恐れられ、太宰府と北野の天満宮から、学問の神として寺子屋へ広がります。境内の牛と飛梅は、道真の象徴です。 -
神社検定
赤い鳥居の奥で、稲は一粒から成っていく。お稲荷さんと狐と、初午祭
最も数の多い神社、稲荷の総本社は京都市伏見区の伏見稲荷大社です。祭神の宇迦之御魂大神は食物の神で、狐は春降り秋上りの使いとされます。2月最初の午の日に行う初午祭では、油揚げや米や稲穂が供えられます。江戸の商店へも祀られました。 -
神社検定
八幡さんの奥に坐っているのは、第15代の応神天皇だった。父母と三女神
全国に約2万社ある八幡さんの主祭神は、第15代の応神天皇です。母の神功皇后と父の仲哀天皇を八幡三神と呼び、宗像の三女神とも結ばれます。京都府の石清水八幡宮から、鎌倉の鶴岡八幡宮へ、源頼朝の手で武士の守護神は広がっていきました。 -
神社検定
神と仏が同じ境内で祈られた長い時代と、明治に引き直された分離の線
6世紀、百済から届いた仏像と経典は八百万の神の世界へ入った。本地垂迹では春日権現の本当の姿は仏だと説かれる。奈良に神宮寺が建ち、明治元年の神仏分離で僧の祭祀が禁じられ、境内の仏像や仏教建築は撤去され、移された。権現や大菩薩の名が残る。 -
神社検定
祝詞に深く頭を下げ、玉串を時計回りに回し、直会で日常へ戻っていく
祝詞のあいだは六十度で頭を下げ、撮影はしない。天児屋命の太祝詞事が岩戸の内の天照の心を動かした。玉串は右手で枝元、左手で葉先を持ち、時計回りに回して枝元を神前へ向け案に置く。直会は神徳を体に入れ、日常へ直す席だ。撤饌のあと斎主が一拝する。 -
神社検定
昇殿の幕開けに振られる大麻と、神前へごちそうを順に進める献饌の話
修祓では祓詞のあいだ六十度で頭を下げ、大麻のあいだは四十五度を保つ。塩湯、切幣、人形は、黄泉から戻った伊邪那岐が宮崎の阿波岐原で行った禊に重ねられる。斎主が一拝したあと、米・酒・魚から塩と水まで神饌を神前へ進める。同じ食を人も分かつ。 -
神社検定
昇殿では神に近い膝から座り、四つの角度で頭を下げる作法が続いてきた
昇殿では神に近い側の膝から座り、遠い側の足から立つ。畳の縁も敷物も踏まない。小揖は十五度、修祓の深揖は四十五度、祝詞の平伏は六十度、拝は九十度。椅子の平伏は警折と呼ぶ。剣の先にあぐらをかいた神と、諏訪の平伏が対をなす。動作の前後は小揖。
