ぽっちゃん– Author –
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神社検定
遠い大社の例祭の日、勅使が幣を運ぶ。常饌料と幣饌料に支えられた社
勅祭社には天皇の使いである勅使が例祭に立ち、幣帛を奉る。伊勢の内宮外宮、春日、熱田、明治、靖国、石清水、香取、鹿島が名を連ねる。常饌料は毎年の米と金、幣饌料は勅祭の当日の供えである。新嘗と神嘗、祈年祭がその線上にある。東北から九州へ広がる。 -
神社検定
11月23日の朝、天皇は新穀を供える。大祭と小祭が刻む宮中の年
皇室の祭祀は恒例と臨時、大祭と小祭に分かれる。掌典長と次長が各一名、掌典五名、内掌典五名。歳旦から祈年、神嘗、新嘗、旬祭、毎朝御代拝まで一年を刻む。祭祀令は明治41年に制せられ、昭和22年5月2日に廃された。昭和30年に大要が戻る。 -
神社検定
中央の賢所、左の皇霊殿、右の神殿。静かな宮中三殿という祈りの配置
宮中三殿は中央の賢所に天照大御神、向かって左の皇霊殿に歴代の御霊、右の神殿に天神地祇を祀る。新嘗は御斎場と神嘉殿、墓所は山陵。御鏡は温明殿を経て、明治2年の奉告からいまの三殿の配置へつながった。源氏物語の温明殿から続く。 -
神社検定
即位の朝、松の間で受け継がれる鏡・玉・剣。伊勢と熱田と宮中の神器
三種の神器は八咫鏡、八尺瓊勾玉、天叢雲剣である。鏡と玉は天岩戸の祭に、剣は八岐大蛇の体内から現れた。本体の鏡は伊勢へ、剣は熱田へ移り、写しと勾玉は宮中に残る。令和元年5月1日、松の間で剣璽が承け継がれた。勾玉は剣璽とともに証である。 -
神社検定
12月の神棚、中央に届く神宮大麻。おおぬさの名で氏神が家へ渡す札
神棚の中央に納める神宮大麻は、おおぬさに由来する祓いの札である。明治以前は御師が配り、世帯の約九割が祀った。1月8日に奉製を始め、9月17日から頒布し、翌年3月1日に閉じる。神楽殿で受ける札とは、意味が異なる。氏神と対で納める。 -
神社検定
一生に一度は伊勢の宮へ。御師が札を運び、おかげ参りが街道を埋めた
街道の笑い話の先に、伊勢への一生に一度があった。私幣禁断ののち御師が札を配り、伊勢講の代表が歩き、おかげ参りは数か月で約四百万人を動かした。六十の周期で波は戻り、近所の神明神社にその信仰が残る。西行も幕府の役人も詣でた。 -
神社検定
神路山と高倉山から、木曽の御杣山へ。遷宮の御用材と六百の御装束神宝
遷宮の檜を伐り出す御杣山は、神路山と高倉山から、江戸時代中期の木曽へと移った。約一万本の用材のうち巨木もあり、棟持柱は宇治橋の鳥居に生まれ変わる。儀式帳にのっとる約六百の神宝は、神宮徴古館でその一部を拝むことができる。古い木は次の門になる。 -
神社検定
東西の敷地を20年ごとに造り替える。持統天皇の代から続く式年遷宮
神宮は20年ごとに、東西の敷地へ社殿を造り替え、神を新しい殿へ遷す。天武天皇のころに始まり、持統天皇4年の第1回から、平成25年の第62回まで続いた。延喜式と常若、職人の技、敷き詰める御白石に、遷宮の理由がある。常若の社がそこに建つ。 -
神社検定
夜の十時、由貴の食事が並ぶ。神嘗祭と月次祭、祈年祭と新嘗祭の神饌
神宮の祭りは、一年におよそ千五百回を超える。三節祭は10月の神嘗祭と、6月および12月の月次祭で、2月の祈年祭と11月の新嘗祭も続く。夜十時の由貴大御饌と全国の懸税。外宮では毎朝夕、火鑽り具で火を起こし神饌を調える。その火が祭りの底にある。 -
神社検定
お伊勢さんと人は呼び、正式には神宮という。百二十五社の内宮と外宮
三重のお伊勢さんは、正式には神宮と申し上げる。内宮と外宮に別宮十四、摂社、末社、所管社を加えた百二十五社の総称で、参拝は外宮から内宮へ進むのが正式である。倭姫命が五十鈴川に定めた地と、食事を調える豊受大御神を訪ねる。国民の総氏神の社である。 -
神社検定
棟木に弓と扇を立て、えいっこんと打つ朝。棟札に記す神々と新しい神棚
上棟の朝には、屋船の神と工匠の神、産土神の名を棟札の中央に記し、棟木へ弓と扇を立てる。参列者はえいっこんと声をそろえて棟を打ち、餅を撒いて災いを払う。竣工の部屋で完成を告げ、中古の家やマンションにも神棚を迎える。住まいの祭りはここにある。 -
神社検定
更地の中央に祭壇を組む朝がある。地鎮祭、上棟祭、竣工祭が家を建てる
家を建てる朝、地鎮祭では土地の神に挨拶し、鎮物を埋め、忌鎌や忌鍬で土を起こす。上棟祭は棟木を上げる日、竣工祭は家が完成した日である。いずれも修祓に始まり直会で終わり、木造でもコンクリートの建物でも、安全と守護を祈る。すべては土地への挨拶だ。
