2026年– date –
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神社検定
拝殿の内へ進む昇殿参拝と、初穂料と玉串料という二つの名が分かれる理由
社務所で用紙を出し、待合のあと修祓と祝詞へ進むのが昇殿参拝だ。初穂料は新嘗の初穂と斎庭の稲穂に、玉串料は榊の枝に由来する。蝶結びと結びきり、男女の正装、殿内の胡床、神の通り道である正中を横切らないことまでを記す。裸足は避ける。 -
神社検定
破魔矢のハマは的の名前で、縁起という言葉は仏教の因縁から来ていた
破魔矢のハマは弓の的の名で、正月に氏子の代表が矢を放ち豊凶を占う年占神事が古い核だ。男児の初正月の破魔弓、上棟祭の鬼門への弦打、天若日子へ戻った返し矢を経て、因縁生起から来た縁起物の飾り方を家の床の間へつなぐ。矢先は下か凶方へ向ける。 -
神社検定
神を一柱と数える理由と、お札が小さく折られてお守りになるまでの話
お神札は神棚へ、火伏せの札は玄関や柱へ貼る。平安の懸守がお守りの前身で、神を柱と数える感覚はご神木と、二柱が左右から回った天の御柱に続く。三内丸山のクリの柱と諏訪の御柱祭、体・基・座の数え方もあわせて残す。延喜式の神は座である。 -
神社検定
絵馬は生きた神馬の代わりで、おみくじは鹿の骨を焼いた古代の占いの末
絵馬は神の乗り物として生きた馬を奉納した名残で、奈良の木片から室町の大絵馬と小絵馬へ分かれた。香具山の鹿骨を焼いた太占、亀卜、有間皇子のひねりぶみを経て、結び処に結ぶか手元に残すかの扱いを境内の風景に戻す。箱を振る形は鎌倉に生まれたという。 -
神社検定
五色の布を垂らした真榊は、岩戸の前で捧げ持たれた大榊の末裔である
真榊は神前を荘厳する威儀具で、向かって左に剣、右に鏡と勾玉を掛ける。布刀玉命が香具山の大榊へ玉と鏡と和幣を飾った場面から、五色布の陰陽五行と四神、舞の採物、社殿や鳥居の榊、祭りの四神旗までをたどる。始まりは宮中の行事にある。 -
神社検定
拝殿の奥に光る丸い鏡は、天照が自らの魂そのものとして託したものだ
拝殿の奥の丸い鏡は、姿を定めない神が依りつく席であり、天照が邇邇芸命へ自分の魂として託した八咫鏡の記憶を残す。御幣の紙垂は布の捧げ物が和紙に代わり、稲妻の形で豊作と祓いを願う。注連縄にも同じ紙が下がり、折りは流派で分かれる。 -
神社検定
神前に立ってから、腰を九十度に折り右手を引く。出雲は四拍手になる
多くの神社の拝は二拝二拍手一拝で、腰は九十度、右手を少し引いて二度打ち、指を揃えて祈る。左は陽、右は陰で、揃えた瞬間に神人合一を表す。出雲大社は四拍手、伊勢の神職は音を立てない八度拝八開手を伝える。かしわでは、柏の葉に盛った食事に由来する。 -
神社検定
参道に敷かれた玉砂利のその先で、賽銭と鈴が神を招く理由を持っている
参道の中央は正中、神の通り道で、歩くときは端に寄る。玉砂利は魂のように清らかな細石を意味し、泥と雑念を払う。賽銭の賽は感謝で、散米がおひねりと散銭を経て銭になった。鈴は神霊を招き、天宇受賣命の舞に続く。絵馬は、生きた神馬の代わりに生まれた。 -
神社検定
柄杓の一杯ですすぐ手と口。その作法は、黄泉から帰った神の禊に続く
手水は、伊邪那岐命が黄泉から帰り、川の水で身を清めた最初の禊が縮まった作法だ。左の目、右の目、鼻を洗ったとき三貴子が生まれた。一杯の水で左手から柄までを順に清める。伊勢の五十鈴川にも、今も御手洗場がある。柄杓がなければ、両手で水を受ける。 -
神社検定
入口は、長い面か、三角の面か。神明造と大社造から広がった社殿の形
社殿の源流は、高床の穀倉から出た神明造と、古代の住まいから出た大社造である。入口が屋根の長い面なら平入り、三角の面なら妻入りだ。流造は全国で最も多く、春日、住吉、八幡、権現、浅間、尾張と、土地ごとに形が分かれる。素木に千木と鰹木が載る。 -
神社検定
神社の幕と軒の瓦に残る神紋は、家の印から火除けの祈りへと移っていった
神紋は平安貴族の家紋から起こり、鎌倉以降に社の印として急速に増えた。大神神社は三杉、北野は星梅鉢、鶴岡は鶴丸、日光は葵。最も広く使われる巴紋には鞆、勾玉、水の渦の説があり、軒瓦の三つ巴は火除けの願いを刻む。賀茂の葵祭が、家紋の由来の一つだ。 -
神社検定
口を開ける獣と、口を閉じる獣が並ぶ。獅子と狛犬、神使、石灯籠の話
狛犬の祖は、王の座を守った獅子で、高麗を経て日本へ渡った。参拝者から右が口を開く獅子、左が角を持つ狛犬である。稲荷の狐、春日の鹿、天満の牛、熊野の烏、八幡の鳩は神の使いだ。春日の灯籠は奉納された灯明である。節分と中元に、三千基が灯る。
