神社のいろはの連載一覧です。第1回は鳥居と鎮守の森から読めます。
記事一覧
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国史
稲作はどこから来たのか——弥生時代の始まりとイネの遺伝子
お米づくりは、いつ、どの道を通って日本列島へやって来たのでしょうか。この問いの答えは、ここ20年ほどで大きく塗り替えられています。 弥生時代の始まりが、ぐっと古くなった 弥生時代は、ふつう水田稲作が本格的に始まった時点から数えます。では、そ... -
国史
国譲り——建御雷と出雲の宮殿
天孫が地上へ降りる前に、葦原中国は、話し合いによって天照大御神の側へ譲られました。『古事記』はそのやり取りを、次のように語ります。 二人の使者のあとで 大国主神(おおくにぬしのかみ)の国づくりにより、葦原中国(地上の世界)は賑やかな国にな... -
国史
天孫降臨——三種の神器と、稲の穂
『古事記』と『日本書紀』は、天皇の先祖を、どのように伝えているのでしょう。 『古事記』は、人の起源についても、日本人の起源についても、何も記していません。記すのは、天皇の祖先です。列島が生まれたあとの神々の話は、国生みにまとめてあります。... -
国史
仏教・キリスト教・イスラム教と、日本の神道
昔の人々は、大自然の出来事に圧倒的な力を感じ、人間を超える存在として「神」を考えるようになりました。健康や天候など、いろいろなことを神に祈るようになり、神の教えを説く者も現れます。地域ごとに特色のある宗教が成り、なかには地域を超えて広が... -
国史
インダスと中国——都市と二つの農耕
インダス川と、中国の二つの大河では、都市と農耕の色が違います。隣の朝鮮半島は、列島より遅れて磨製石器と土器を持ち、縄文と同じように狩りと採集を中心にしていました。 碁盤の目と、未解読の文字 インド北西部を流れるインダス川の流域では、紀元前2... -
国史
エジプトとメソポタミア——川が育てた国と文字
食料を安定して作れるようになると、人は定住し、都市を作り、神殿を建て、やがて古代の国家を作りました。貧富の差が生まれ、国を統率する王が現れます。まつりや戦いに使う青銅器(銅と錫などで作った硬い合金)が作られ、文字も使われるようになりまし... -
国史
世界の文明と日本——農耕は、なぜ遅れたか
世界の文明は、どこで起こり、どんな特徴を持っているのでしょう。日本と世界の文明に、共通するものは何か。そして、互いにどう影響し合いながら形づくられてきたのか。縄文の列島の話のあと、その問いへ進みます。 文明と呼ばれる条件 農耕を始め、都市... -
国史
三内丸山遺跡——栗を育て、柱を立てたムラ
青森県青森市の三内丸山遺跡は、縄文時代の大規模な集落跡です。平成4年(1992)に発掘が始まり、それまで考えられていた縄文人の姿を変えました。 栗を植え、六本の柱を立てた それまでは、縄文人は大きな集落を作らず、食物も栽培していなかった、と考え... -
国史
大森貝塚——縄文人の食と住まい
気候が暖かくなり、人は一か所に住むようになりました。その暮らしが、どんな道具と食べ物で成り立っていたのかは、ごみ捨て場の発掘から分かります。 列車の窓から見えた貝の崖 明治10年(1877)、アメリカの動物学者エドワード・S・モースは、鉄道で横浜... -
国史
氷期の終わりと縄文海進
土器が煮炊きの道具になったあと、列島の気候そのものが変わります。今から約1万1000年前、最後の氷期が終わり、世界は暖かい時代へ移りました。 海が上がり、列島ができた 温暖化で植物の育ちが早くなり、森が増えました。木の実などの食料が、取りやすく... -
国史
日本の縄文土器は世界最古級——大平山元I遺跡
前回は、磨製石器がこの列島で早くから使われていた話でした。土器は、その次に現れます。日本では、土器が作られるようになったときを縄文時代の始まりとし、本格的な水田稲作が始まるときを弥生時代の始まり、つまり縄文時代の終わりと定めています。 外... -
国史
世界最古の磨製石器は日本かオーストラリアか
前回、日本の局部磨製石斧がおよそ3万年前までさかのぼり、世界の通例(約1万年前)より突出して古いことを見ました。では、オーストラリアから「もっと古い」と報じられた石器は、どう考えればよいのでしょうか。 砂の層に沈んだ年代 平成29年(2017)、...












