神社のいろはの連載一覧です。第1回は鳥居と鎮守の森から読めます。
記事一覧
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神社検定
12月の神棚、中央に届く神宮大麻。おおぬさの名で氏神が家へ渡す札
神棚の中央に納める神宮大麻は、おおぬさに由来する祓いの札である。明治以前は御師が配り、世帯の約九割が祀った。1月8日に奉製を始め、9月17日から頒布し、翌年3月1日に閉じる。神楽殿で受ける札とは、意味が異なる。氏神と対で納める。 -
神社検定
一生に一度は伊勢の宮へ。御師が札を運び、おかげ参りが街道を埋めた
街道の笑い話の先に、伊勢への一生に一度があった。私幣禁断ののち御師が札を配り、伊勢講の代表が歩き、おかげ参りは数か月で約四百万人を動かした。六十の周期で波は戻り、近所の神明神社にその信仰が残る。西行も幕府の役人も詣でた。 -
神社検定
神路山と高倉山から、木曽の御杣山へ。遷宮の御用材と六百の御装束神宝
遷宮の檜を伐り出す御杣山は、神路山と高倉山から、江戸時代中期の木曽へと移った。約一万本の用材のうち巨木もあり、棟持柱は宇治橋の鳥居に生まれ変わる。儀式帳にのっとる約六百の神宝は、神宮徴古館でその一部を拝むことができる。古い木は次の門になる。 -
神社検定
東西の敷地を20年ごとに造り替える。持統天皇の代から続く式年遷宮
神宮は20年ごとに、東西の敷地へ社殿を造り替え、神を新しい殿へ遷す。天武天皇のころに始まり、持統天皇4年の第1回から、平成25年の第62回まで続いた。延喜式と常若、職人の技、敷き詰める御白石に、遷宮の理由がある。常若の社がそこに建つ。 -
神社検定
夜の十時、由貴の食事が並ぶ。神嘗祭と月次祭、祈年祭と新嘗祭の神饌
神宮の祭りは、一年におよそ千五百回を超える。三節祭は10月の神嘗祭と、6月および12月の月次祭で、2月の祈年祭と11月の新嘗祭も続く。夜十時の由貴大御饌と全国の懸税。外宮では毎朝夕、火鑽り具で火を起こし神饌を調える。その火が祭りの底にある。 -
神社検定
お伊勢さんと人は呼び、正式には神宮という。百二十五社の内宮と外宮
三重のお伊勢さんは、正式には神宮と申し上げる。内宮と外宮に別宮十四、摂社、末社、所管社を加えた百二十五社の総称で、参拝は外宮から内宮へ進むのが正式である。倭姫命が五十鈴川に定めた地と、食事を調える豊受大御神を訪ねる。国民の総氏神の社である。 -
神社検定
棟木に弓と扇を立て、えいっこんと打つ朝。棟札に記す神々と新しい神棚
上棟の朝には、屋船の神と工匠の神、産土神の名を棟札の中央に記し、棟木へ弓と扇を立てる。参列者はえいっこんと声をそろえて棟を打ち、餅を撒いて災いを払う。竣工の部屋で完成を告げ、中古の家やマンションにも神棚を迎える。住まいの祭りはここにある。 -
神社検定
更地の中央に祭壇を組む朝がある。地鎮祭、上棟祭、竣工祭が家を建てる
家を建てる朝、地鎮祭では土地の神に挨拶し、鎮物を埋め、忌鎌や忌鍬で土を起こす。上棟祭は棟木を上げる日、竣工祭は家が完成した日である。いずれも修祓に始まり直会で終わり、木造でもコンクリートの建物でも、安全と守護を祈る。すべては土地への挨拶だ。 -
神社検定
結び切りの黒白を手にして、神葬祭へ参列する日。服装と表書きと年祭
神葬祭へ参列する日は、地味な喪服と、結び切りの水引が基本になる。色は黒白か白銀で、表書きは御霊前や玉串料と記す。蓮の絵がある封筒は仏式のものである。50日のあと、一年祭や十年祭へと進むにつれ、服の色は少しずつ緩む。一度きりの別れに添える。 -
神社検定
神棚の前に白い半紙が下がっている。忌中の50日と、年をまたぐ神札
身内を見送った家では、神棚に白い半紙を貼り、五十日祭までを忌中として神社への参拝を控える。やむを得ないときは神職に相談する。12月に忌が入り年をまたいだときは、忌が明けてからお神札を受け、交換する。区切りは五十日祭にある。 -
神社検定
尖った墓石の前に榊と御幣が立つ。奥都城の字と、霊号という故人の名
神道の墓は頭部の尖った石が多く、正面には家名とともに奥都城と刻まれる。墓前には御幣と榊を供え、御霊舎には大人命や刀自命、童子や比古など、年齢と性別に応じた霊号を記す。境内の墓地も公営の霊園も、眠る場所は一様ではない。頭部は空へ尖っている。 -
神社検定
通夜の夜に、音を立てずに拍手をする。神葬祭が50日で家へ戻るまで
神道の葬儀、神葬祭は帰幽の奉告と北枕の殯に始まる。音を消した通夜と霊璽への遷霊、葬場祭を経て翌日祭から五十日祭へ進み、清祓と合祀で神棚が再び開く。八日八夜の歌舞から、明治に神式が認められるまでをたどる。家の時間はそこで一段落する。












